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12 リンダの失落



 ーーその夜。




「どうしてこうなってしまったのよ!!」

 叔母リンダは1人、侯爵家最後の夜を過ごしていた。




 侯爵家に初めて来た時は、王宮の様で身体が震えた。

 マイセンはこの侯爵家に連れて来てくれた事はなかったし、セイバールと初めて会った時も伯爵家か、何処かのレストランだった。

 噂には聞いていたが、侯爵家は自分が描いていた夢の様な世界だった。



 広い庭には様々な木や花が植えてあり、伯爵家には決してない見事な庭園。

 本邸は宮殿の様で、自分は妃にでもなった気分にしてくれた。

 別邸で住む事になったのだが、そこは本邸よりは落ちるが、以前住んでいた伯爵家が豚小屋に見えるくらいに素敵だった。

 ここに住める暮らせると思ったら『ロランナが成人になるまで』と約束した事など、あっという間に頭から抜けていた。



 使用人達も今までにない使用人部屋に喜び、リンダに感謝するものだから、リンダは気分が良かった。

 後妻になれるのでは? と使用人達が遽に言えば、その気になり始めたのである。




 実はこの時、使用人達にも、何か約束させられた様だったが、リンダと同じなのか皆あっという間に立場を忘れた様だった。

 そして、いつか侯爵家のマナーが厳しいと、別邸から決して出る事はなかったのだ。




 リンダ親子が住む別邸では、誰も注意も小言も言わない、耳当たりの良い事しか言わない者の集まりの場と化していた。



 そんな楽しい暮らしが続いていた中ーー。

 シャーロットの友人との茶会に、母の代わりに出てみないか? とセイバールから打診があった。

 その意味を後妻への一歩だと、一方的に勘違いしたリンダは快諾した。

 その時に、最新のドレスや宝飾品を作ってくれたのだが、もの凄く素晴らしい物だった。心が高揚するのを感じ、自分のあるべき姿はコレだったのだと、ますます勘違いして行くのだった。

 


 それから、幾度となく媚を売り続けていたら、夜会にも招いてくれるようになったのだ。

 後から、気付いたのだが、それはセイバール侯爵がなけなしの配慮と好機をくれていたのだった。



 ロランナが16になれば、出て行かなければいけない親子。

 侯爵家にいるという後ろ盾を利用して、ロランナの婚約者か自分の居場所を探す好機の場として、セイバールが用意してくれていたのだ。

 そんな考えには及ばず、リンダは念願の豪華絢爛な世界にドップリと漬かりまくってしまったのであった。




『そんな安い指輪を身に付けているのか。コレを使いなさい』

『キミにはコチラの色のドレスが似合うだろう』

『髪飾りはコレを使うといい』





 夜会で恥を掻かない様リンダに、義兄セイバールが宝飾品を用意していたのだが、それも自分の魅力のおかげだと思い違いをしていた。

 次々と最新物で数ランクは高い宝飾品をくれるようになり、王妃にでもなった様だった。



 確かに今、冷静に考えると "使いなさい" と渡す事はあっても、"あげる" とか "与える" と言う言葉を一切聞いていない。

 使いなさい=やる。そうだと、言葉の意味を深く考えず、勝手に解釈していたが、それは試されていたのかもしれない。




 しかし、そんな事も知らず、次々にコレも古いとかデザインがと強請り買って貰っていたのだ。

 いつしか、伯爵家にいた時に買った物は、新しい物をくれるたびに交換され、気付けばマイセンが生きていた頃に買った宝飾品は、全てなくなってしまったのだが、それに気付く事はなかった。



 しばらくして、念願の本邸で暮らせる様になり、リンダはますます勘違いに拍車が掛かる。

 セイバールがくれる度に、馬鹿な男だと嘲笑い、媚を売り続けた甲斐があったと笑ったものだ。

 物をくれるたびマイセンがコロッと落ちた様に、義兄セイバールも自分に落ちたのだと確信し始めた。

 姪のシャーロットはイマイチ懐きは悪いけど、義兄さえどうにかなれば子供なんてどうでもイイと、気にもしなかった。



 伯爵家の使用人達も、侯爵家の生活が楽しいみたいで自分にも、冗談か本気か"侯爵夫人" と呼ぶ事もあってリンダは気分が良かったのである。

 



 そして、それを見て育ったロランナも、いつしかリンダの様になっていったのだがーー。




 その傍若無人な態度を、侯爵家の使用人達が許す訳がない。

 幾度となく注意すれば、泣き喚き、伯爵家の使用人達がやって来る。

 言い争いになるのだったが、侯爵家の者達は次第に面倒くさくなり、無駄な争いをすぐに止めたのである。

 それが、リンダ達の態度に拍車を掛けてしまったのだ。




「こんなハズじゃなかったのよ!!」

 リンダは喚き散らし、ベッドを叩いたりクッションを壁に投げつけていた。

 今頃、侯爵夫人として、煌びやかな世界で遊び暮らしている予定だった。

 どこで間違ったのか、リンダには全く分からなかったのである。



「失礼します。リンダさん」

 泣き喚き散らしていると、侯爵家の使用人や侍女達がドカドカと勝手に入って来た。

「なんなのよ! アンタ達!!」

「リンダさんが出て行く時に、我が侯爵家の物を持って行かないよう、セイバール様から仰せつかり参りました。皆、侯爵家の物は全て別の部屋に」

「「「ハイ!!」」」

「ちょっ、やめなさいよ!!」

 今までの恨みとばかりに、使用人達はリンダを押し退け、次々とドレスや宝飾品を持ち去って行く。



 リンダは全て自分のモノだと、喚いたり邪魔をしたのだが全く従わない。

「やめて!! やめてぇ!!」

 押し退けられて壁にぶつかったリンダはとうとう、悔しくて床に膝から崩れ落ちてしまったのだった。




「貴方には幾度となく、好機はあった筈です」

 あらかた物を持ち去った後、壁に寄りかかり茫然としているリンダに、侍女の1人が冷めた目で言った。

「好機?」

「夜会でロランナの婚約者を探すなり、自分を後妻に迎えてくれる相手を探すなり……または、身の程を弁えこの屋敷で使用人として働く好機ですよ」

「この私が、使用人なんてあり得ない!!」

「平民として暮らすより、余程良いと思いますがね?」

 侍女マリアは哀れだなと、心底思う。

 この侯爵家の使用人は、他の貴族達の家よりも数段も扱いが良く、平民なんかと比べモノにならない暮らしが約束されている。

 天井の見えない上を目指し、下を省みないから、自分がどれだけ恵まれているか分からないのだ。



 侯爵家の豪華絢爛な暮らしを一度体験してしまったリンダにとって、平民の暮らしは地獄の様に感じる事だろう。




「あぁそうだ、リンダさん。この屋敷を出たら、ワマウンド男爵って方だけには注意して下さいね?」

 侍女マリアは部屋から出る時に、リンダの耳にひっそり囁いた。

「ワ、ワマウンド男爵?」

 急に何の話だと、リンダは強く身構えた。

 初めて聞く貴族の名だ。

「未亡人をこよなく愛する貴族だとか」

「ふん、好色とか言うつもり? そんなーー」

 男なら、コチラが逆に手玉に取ってやるわよと、リンダは鼻で笑おうとしたのだが、侍女達の次の声に勢いをなくした。




「あぁ、後妻が何故か、次々と亡くなるって噂の男爵でしょう?」




 リンダは、"次々と" と言うフレーズに固まってしまった。

 2人辺りでオカシイと感じるのに、次々なんて絶対に異常である。

 ソイツは絶対にヤバイ奴だと、警鐘が鳴る。




「妻と狩りに行くのがお好きらしくて、結婚するとすぐに熊が良く出る森に連れて行くとか」

「彼と結婚すると、何故か痩せていくらしいわよ?」

「最後の妻が亡くなる数日前、私の友人の友人が女性の叫び声を外から聞いたって言ってたわ」

「あそこの使用人達って、皆死人みたいな表情だけど何でかしら?」

「そういえば、あの人の奥様って外見はバラバラだけど、名前が何故か同じじゃなかった?」

「そうそう!! マリアじゃなかったし、サリーじゃない」

 侍女達が、あくまでも噂話として、小声でヒソヒソと話しながら部屋から出て行く。

 聞きたくなくても、ヒソヒソ話しがリンダの耳に入ってしまったのだ。

 自分は明日から貴族でなくなる訳だし、そもそも会った事もないしと、リンダは他人事だと扉を閉めようとした時、最悪な情報が耳に飛び込んだ。





「「「確か"リンダ" よ」」」










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