10 リンダとロランナの誤算
「リンダ、ロランナ」
「「……は……い」」
「お前達は近日中に荷物をまとめて、出て行く用意をしなさい」
「「え?」」
父セイバールが、改めてそう言えば、驚愕した表情で顔を上げた。
まだ本気で追い出されると、思っていなかったらしい。
「デビュタント用のドレスは、住む所が分かり次第餞別として送ってやる。ラリー君は1度家に帰り、マイリー伯爵とよくよく話し合った上で、ロランナとの婚約をどうするか考えなさい」
セイバールはそう言って、ラリーを送る馬車の手配を執事長マイクに伝える。
一応は伯爵家の息子だし、こんな状態で一人で帰す訳にはいかないと、なけなしの配慮を見せたのだ。
「どう……するか」
ラリーは項垂れまくっていた。
先程まで、侯爵家当主になり順風満帆の未来を想像していただけに、今は崖の上にいる気分だった。
「三男のキミは伯爵家は継げんだろうし、母方の子爵にしても、今回の事で次男に遅れを取るだろう」
「……」
ラリーはもはや廃人となっていた。
実家では継ぐ領地はなかったが、侯爵家当主となれると思っていた。兄達を出し抜けるとさえ思っていたくらいだ。
勉強なんかしなくとも、学園で学んでいた知識で、どうにでもなるだろうと、高を括り遊んでいたのだ。
「え? ラリーは跡を継げないの?」
何も分かっていないロランナが、驚いた様に訊いた。
だが、余りに無知過ぎる質問に、誰一人答える事はなかった。
彼は跡を継げないから、入婿として家に来る予定だったのだとか、結婚する相手の立ち位置さえ知らずにいたのか、もう呆れ過ぎて言葉が出なかったのだ。
「ラリー君。ロランナ達は近々この家から出て行く。迎えに来る事を祈っているよ」
「……」
執事長マイクが見えたので、セイバールが何の感情もない声で伝えたのだが、今の彼には何も聞こえないだろう。
執事長マイクに促されるがまま、ラリーは死人の様に屋敷から行くのであった。
「き、近日中に出て行けって、そんな」
今まで、聞きたい言葉しか聞いて来なかったリンダにも、やっとセイバールが言った言葉を理解出来たのか、愕然とし膝を落としていた。
笑って済ませる訳もない、全てが終わったと理解した様だった。
「今までのような豪華な暮らしをしなければ、この間渡した金で悠々と暮らしていけるだろう」
それだけでもありがたいと、感謝して欲しいくらいだとセイバールは思っていた。
今度こそ、身体を休めたいとセイバールが踵を返した時、また背後から声が聞こえた。
「そんな……もう、半分以上ないわ」
「は?」
「半分以上ないのよ!」
叔母リンダは叫んでいた。
あの時、貰ったお金は今後の生活費だと知らなかったリンダは、今まで欲しかったドレスや宝石を買い漁り使ってしまったのだ。
なので、今更出て行けと言われても、先立つモノが僅かしかない。
「叔母様、その頂いたお金。すでに宝飾品に使い込んでしまったのよ」
あの金が生活費なんて、シャーロットも知らなかった。
だが、父セイバールの事だから何かあると、使わない様にリンダに伝え様としたのだが、小姑と一蹴されたのだ。
大体、この父がリンダを妻に迎えたとしても、そんな簡単に自由に使えなんて渡す訳がない。
数年同居していれば、不審に感じてもイイ筈なのにおめでたい。
「屑は何処までも屑か」
温和な父が、心底ゴミを見るような目でリンダを見ていた。
父がリンダ親子に、こんな視線を向けるのは初めてである。
「お、温情を下さい! このままでは野たれ死んでしまいます!! シャーロットも……い、いえ、シャーロット様も我が子の様に大切にしますから!!」
リンダはこのままではまずいと、セイバールやシャーロットに縋って来た。
平民になるなんて嫌だと、心の底から叫んでいたのだ。
「今更だな。温情なら、弟亡き後に与えたではないか。そして、生活費までくれてやる二度の温情をすでに与えた。さすがに三度目を与える程、私は甘くないしお人好しに出来てないのだよ。リンダ」
だが、すでに情は地の底まで尽きてしまった。
掘り出して使う気もない。
「だ、だけどーー」
「そのお金で買った宝飾品を売るなりして、また作れば良い。だが、この屋敷で生活していた時に、私が買い渡した物は全て返して貰うがね?」
と、父は言ったのだ。
それには、リンダが立ち上がる勢いで噛み付いた。
「い、今まで貰った物まで返せと!?」
それは非情だと、リンダは返したのだ。
「勘違いするな、リンダ。私はシャーロットの叔母として恥ずかしくない様に買い "渡した" のだ。与えた覚えはない」
そうなのである。
リンダに、宝石もドレスも好きに使うとイイと、ドレスルームの許可は与えたが、与えると言った事は一切ないのだ。
父はリンダ達親子が、ワザと誤解する言い回しをして、罠を張っていたに過ぎないのだろう。
本質を見定めるためか、父の黒い性根が出たのか定かではないが。
「なっ! そんなの屁理屈だわ!!」
「屁理屈と叫ぶのは勝手だが、この私が"与える" など言うと思うか?」
父がそう言って、リンダを仄暗い表情で見ると、次にこう続けた。
「弟を殺したお前に」
その言葉に、侯爵家が凍り付いた。