一期一会
「おはようございます!」
三栗は極めて明るい声で教室へ入った。
今朝もトラックにひかれた猫の死体が鼻をかすめたり、知らない老人に尻を何度も杖でつつかれたり、とにもかくにも不運だった。しかし、三栗はいつもの不運よりも昨日の家族会議がぶっすりと胸に残っていて、から元気でも出さないと落ち込んでその場に突っ伏してしまいそうだった。
三栗は教室に入った途端、何かにつまずき三栗は回転しながら転倒した。
「おお、十点!」
あまりにも華麗で優美な回転だったので葡萄はどこから出したのか点数札を出してけらけらと笑った。
「あいてて、受け身がとれていなかったら危険でした…。けど、何かに躓いた気が…。」
そういって三栗が振り向くと、扉の前に苺が丸まって眠っていた。
「わ!苺ちゃん!大丈夫ですか!」
三栗は苺に駆け寄り、大きな声で苺に声をかけた。苺は眠そうにうーんと唸るだけで起き上がらなかった。
「思い切り蹴りを入れてしまいました!保健室に行きましょう!」
「いや、三栗ちゃん朝からめっちゃ声でかいし。そして苺ちゃんは起きなさすぎでしょ。」
蜜柑が呆れたように言った。葡萄が「おーい、苺。」と、苺のことを揺らしたが苺はすやすやと気持ちよさそうに眠っている。檸檬はそんなみんなの姿を楽しそうに微笑んで見つめていた。
「私が蹴飛ばして意識が飛んだのかもしれません!」
三栗は大きな声でそういうと苺を担ぎ上げた。苺はまだ眠っている。
「いやずっとここで寝てたよ。」
蜜柑の声は三栗にも、もちろん苺にも届いておらず「いってまいります!」と、三栗は言い残すと教室から飛び出ていった。
苺を俵のように肩に担いで廊下をしばらく歩いていると「三栗ちゃん。」と、苺が喋った。
「あ!おはようございます!体調いかがですか!」
「お腹のあたりが苦しい。」
「申し訳ございません!降りますか!?」
「…このままでいい。」
苺はもぞもぞと苦しくない場所を見つけたようで「ふう」と、三栗の肩で一息ついた。
「苺ちゃん。今日は朝から来校ですね!素晴らしいです!」
と、三栗がいうと、苺は照れたように「へへへ」と、笑った。
「それにしても軽いですね。ご飯食べていますか?」
三栗がいうと、「一日一食生活…。」と。苺は言った。
「最近は白い苺、ハマってる。共食い。」
苺はそういうと、クスクス笑った。三栗もつられて笑った。
「苺ちゃんは小食ですね。私だったらその食事量では倒れています。」
三栗はそういって自分の肩からぶらさがっている苺の脚を見た。とても白くて、細かった。
保健室までやってくると「送ってくれてありがとうね。」と、苺は言った。
「また気分がよくなったら教室にも遊びに来てくださいね!」
三栗はそういうと、苺は口元をこわばらせた。
「ねえ、今日の放課後、遊べる?」
苺に聞かれて三栗は「今日は…、」と固まってしまった。
実は今朝がた、両親に「今日から早速おとり捜査に入る!場所は『炒り豆に花文化会館』!」と、告げられていた。
「実は今夜家族と『炒り豆に花文化会館』に行くことになっていて…。」
三栗は昨日も断ったのに今日も、連日断るのはすごく申し訳ないと感じていた。
苺が自分に懐いてくれているのも感じていたし、できれば三栗自身も家族と命のやり取りではなく苺と楽しく遊びに行きたいのだ。
「あれ?苺も『炒り豆に花文化会館』行く予定。そこに誘おうと思ってた。」
苺は首を傾げて「はれぇ?」と疑問符を頭に浮かべている。
「そ、そこには、どういったご用が…!」
三栗は今夜のことを詳しく聞かされていなかった。
「なんかね、『講演会』と『立食パーティ』があるんだって、お父さんからチケットをもらったの。」
そういって苺はスカートのポケットからくしゃくしゃになったチケットを取り出した。昨日の日付と本日の日付が記されているチケットには『薊の花も一盛り…講演会』と記されており、見たこともない小太りの女性がチケットに印刷されておりそのそばには「講演します!」と横柄な文字が書かれていた。
「これ、苺ちゃんも行くんですか?」
「そう、白い苺タワーが、立食パーティに出るらしい。」
そういって苺はうっとりした表情になった。
「三栗ちゃんもくるなら、このチケット、二枚もいらなかったな。」
三栗は今夜、どう両親から逃げ切るかを考えていたが、こうなってはいかないわけにもいかなくなってしまった。苺はチケットをポケットへぐしゃりと戻し入れると、にっこりと三栗に笑いかけた。
「三栗ちゃんと立食パーティ、楽しみだな。」
そういって、苺は保健室へと入っていった。