救命
「これは、抜けませんぞ。」
高齢の救急隊員が言った。
「なんで抜けないんですか…!」
三栗は葡萄に近付かないようにと柿八子に数歩下がったところで腕をつかまれ抑えられていたが、そこから意見した。
「早く抜いてください!星さんが!死んでしまう!」
悲痛な三栗の叫びとは対に、救急隊員はその場で押し黙り、葡萄の止血を黙々を行っていた。。
「救命処置を!」
三栗は叫んだが「この機具が取り付けられている以上、心臓マッサージをしても無駄です。とりあえず管を切って病院へ。」と、救急隊員は他の若い救急隊員と一緒になって管を切り、ストレッチャーに乗せて葡萄を連れて行った。
管からぼたぼたと葡萄の血があふれ出ていた。救急隊員は必死に管の口をタオルで抑え、これ以上血がこぼれないようにした。
三栗はもう言葉も出なかった。能面の少女に告げられた「葡萄が三栗を殺そうとしていた。」という点も信じるに値しないはずなのに、今になって恐ろしくなった。もしかしたら、首に針を刺されて真っ青になっていたのは自分だったかもしれない。と思ったからだった。
「お父さん、お母さん。」
三栗は血まみれになった図書館の真ん中でスマートフォンを取り出した。
「こいつ、こいつが、この部屋にいたの。」
三栗がそういって見せたスマートフォンの画面には、最近学生の間で流行っている指ハートを作っている能面の少女だった。
顔はもちろん能面で隠れていて見えない、画面も暗くてほぼ黒く、能面を確認するにも目を凝らさなくてはいけなかった。
「この能面少し形状は違うが、講演会にいたやつらだな。」
山椒は画面をのぞき込んで言った。山椒のメガネは相変わらずギラリと光り、月あかりを反射している。
「同じ団体の犯行の可能性があるわね。」
柿八子はあたりを調査しながら返事をした。切断された管を辿り、外まで伸びでいることを確認した。外で確認作業をしていた警官からインカムで報告があり、「外まで管は繋がっていたが、血は微量しかこぼれていない。」とのことだった。
「何かとタンクのようなものとでも繋がっていたのかしら。…それを持ち去って逃げた?」
柿八子は思案するように顎に手を当て「一人の犯行ではなさそうね。その写真に写っている小柄な犯人だけでは、犯行は難しそうだわ。」と、言った。
三栗は柿八子の話を聞いてはいたが、話半分だった。葡萄が亡くなったショックと、苺の頭部を見たショックがどうしても大きかった。
「三栗、ここはもうお父さんたちに任せて帰りましょう。」
柿八子はそういって「なにかあったら採取して、私に回して。」と、一人の女性警官に指示した。そして柿八子は足早に三栗の手を引いて帰宅した。
葡萄は一命を取り留めたものの、しばらくは面会断絶。とのことであった。命の危険にかかわるほど血が抜け今は集中治療室で絶対安静状態だという。
三栗は最悪の展開にならなかったことに安堵しながらも、能面を付けた犯人に「葡萄は三栗を殺そうとしていた」という言葉が忘れられないでいた。