能面
ゆっくりと能面が振り向いたとき、三栗は慌てて防犯ブザーの紐を引いた。図書室にはけたたましいブザー音で包まれ、画面には『父母、現場に向かっています。』とビビット色の文字が浮かびあがっている。
三栗は防犯ブザーを後方へ投げると、足元に転がっていたシャベルを手に取り、能面に切っ先を突き付けた。
「星さんに何をしたの。」
三栗は、自分でも驚くほど低くて落ち着いた声が出た。
能面を被ったまま、切っ先を避けるようにこちらにゆっくりと近付いてくる人間は思ったよりも小柄で、中には少女が入っているように思えた。
能面の犯人は「ワタシガこなかったら、アナタが殺されてた。」と機械音で話した。
「どういう…。」
三栗がここまで言うと、窓の外に赤い光が映った。慌てて窓に駆け寄り外を見るとパトカーが一台停車し、中から父と母、あと2名の警察が降りてきた。
「オムカえだね。」
その機械音を聞いて、三栗は慌てて能面のほうを見た。
すると、三栗の本当に目の前、数センチというところに能面は顔を近寄らせていた。三栗は叫び声をあげる暇もなかった。能面の犯人は、ぬっと三栗の顔面を小さな手で掴んだ。
「星は、キミヲ、うらぎルために、ココニよんだ。キミを殺す、ためにね。」
三栗は恐怖で手足が動かなかった。自分よりも小柄なのに、少しでも抵抗すれば殺されるのではないかと思った。…能面の犯人は三栗のスカートのポケットから三栗のスマートフォンを奪った。
「あ、そ、それ」
三栗が手を伸ばそうとしたが、能面の犯人はスマートフォンを操作し、一枚写真を撮った。
「コレ、じどっタから。疑われそうになっタら、ミセなね。」
そういって三栗の膝元にスマートフォンを投げた。廊下から遠く、誰かの走ってくる足音が聞こえた。
「マタね。」
そういうと、能面の犯人は三栗の腹を蹴り飛ばし、三栗は後方へ吹っ飛ばされた。三栗は廊下から聞こえる足音に気がそれていたため受け身がうまく取れなかった。
能面の犯人は葡萄のことも椅子ごと蹴り飛ばし、葡萄の身体に刺さっていたであろう管がほとんど抜け、葡萄の身体は力なく机の下に転がった。
腹を抑えて動けなくなった三栗を確認すると、能面の犯人はまるで蝶のようにひらりと窓から飛び降り逃走した。