夜のお誘い
葡萄と話してから一週間ほどたった。まだ三栗は学校へ復帰はしていなかったが少しずつ元気を取り戻していた。
苺と仲の良かった葡萄が、理解を持ってくれていたことが何より三栗はうれしかった。
「三栗、最近家の手伝いもしてえらいな。」
山椒はそういって眼鏡を夕飯の湯気で曇らせていた。三栗の作ったタコライスがダイニングテーブルの真ん中に鎮座している。大きなタコをそのままゆで、頭の部分に米を詰め込んだ力作だ。
「学校にまだいけてないのでお手伝い位当たり前です。」
三栗はそういって、大きな出刃包丁でタコを切り分けた。どういうわけか切り口からもうもうと湯気が立ち込める。
「なかなか刺激的でおいしいぞ!三栗は料理上手だな。」
山椒はばきぼきと音を立てながら三栗の調理したタコを噛みちぎっている。柿八子は自分で作った食品サンプルのように整った理想のタコライスを食べている。
家族団らんでタコライスを食べていると、三栗のスマートフォンが鳴った。画面が湯気で曇っていたので、三栗は袖で画面をぬぐった。『星さん』と、画面には表示されていた。
「あ、お父さん、お母さん、食事中でごめんなさいなんですけど、お友達から…。」
と、三栗は申し訳なさそうに言った。
「いいわよ。出なさい。」
柿八子はにこにこと言った。山椒も「友達は大事にしなさい。」とタコを噛みちぎりながら言った。
三栗は席を立って部屋の隅へ移動し、電話に出た。
「もしもし、桃井です。」
『あ!桃ちゃん、今いい?』
葡萄の声は大きく、リビングに声が響いていたが、三栗は「大丈夫ですよ。」と答えた。
『ねえ、今から学校来れる?』
その言葉を聞いて、山椒と柿八子は三栗のほうを見た。今は夜の7時だ。
「今ですか…。私、門限が6時なもので、今から出るのは…。」
と、三栗が歯切れ悪く言い終わるや否や、葡萄は被さるようにしゃべった。
『苺の遺品が盗まれちゃったの。』
「え?」
三栗だけではなく、山椒と柿八子も声が出た。
『それで、学校にこいって、私、呼び出されて。いざ学校まで来たはいいんだけど、ここまで来て怖くなってきちゃって…。』
葡萄は声を震わせて言った。
「誰が、とかわからないんですか?」
『なんとなく見通しはあるんだけど、確信はなくて。』
「ちなみに、遺品って…。」
『…そこまで言わなくちゃダメ?』
三栗は踏み込みすぎた、と思い、「いえ、すみません…。」と答えた。すると、視界の端に山椒がメモを見せてきた『どうして三栗に連絡を?』。確かにそうだ。学校で仲良くしていたとはいえ、苺伝いで仲が良かっただけで苺が死ぬまではあまり二人で会ったり話したりなどはなかった。
「…なんで、私を呼んでくれるんですか?」
三栗はうまい言い回しが思い浮かばず、疑念を抱いているのがまるわかりなききかたをしてしまった、と思った。
『そんなの、苺の友達でもあって、私の友達でもあるから…。』
と、葡萄は歯切れ悪くもごもごと言った。確かに、苺は友人が少なかった。しかし葡萄は三栗以外にも仲のいい友人がごまんといるはずだ。
「そう、なんですね。」
三栗は、断るべきかすごく悩んだが、もしもこの話が本当だったらきっと自分はずっと後悔すると思った。葡萄の様子が変なのもあったが、"苺の遺品"というものが気になる。
それに、これで葡萄の身に何かあれば大変だ。
「わかりました。そちらに行きます。」
三栗は意を決してそう告げた。
『うん、一人で来てね。』
そう早口に言うと、葡萄は一方的に通話を切ってしまった。
「…お友達?」
柿八子が不安そうに三栗の傍に行って聞くと、三栗は頷いた。
「苺ちゃんの幼馴染の、星葡萄さん。」
「…そうか。様子をみて、危険だと思ったらすぐ帰ってきなさい。」
山椒はそういって、三栗に小さな携帯電話を渡した。
「これ、何ですか?」
「これは、『お父さんお母さん来ちゃうよブザー付き携帯』だ。」
山椒はふんぞり返っていった。要するに防犯ブザー付きの子供用携帯だった。
「このひもを引っ張ると、お父さんとお母さんに現在地情報と連絡が来るからすぐに引っ張りなさい。」
三栗は「この年になってこんなものを…。」と、一瞬思ったが、最近治安もよくないし、これくらい持っておかないと、と思い「ありがとうございます。」と、素直に『お父さんお母さん来ちゃうよブザー付き携帯』を受け取った。
「では、道中気を付けて、行ってまいります。」
そういった三栗はいそいそと自室で制服に着替えた。
柿八子に「制服で行くの?」と聞かれ「学校、ですから。」と答えた。