梨ノ礫高校
学校につくと、三栗は校門近くの桜並木を見上げた。大きな桜の木が数えきれないほど一列になって並んでいる様は圧巻で、三栗は入学式の日を思い出した。ワクワクしながら校門をくぐったな~なんて、悠長に考えながら三栗は歩いていたため、足元にあったどでかい石に躓いた。三栗は転倒しながらも受け身をとり、いまだに物思いにふけっていた。
進級してからまたひと月も立っていないが、なんだか懐かしいような、落ち着く雰囲気がこの学校にはあった。
ここは『私立梨ノ礫高校』。三栗の父と母もここを卒業している。国内屈指の進学校だ。偏差値は軽く七十を超え、名だたるお金持ちの子ども、優秀な子どもが通いに通っていた。
三栗が校庭脇に連なっている桜を立ち止まって見上げていると、頭上から「あぶなーい!」と声が上がった。キョロキョロと三栗が辺りを見渡すと、三栗の頭上から足元へと、大きな高枝切りばさみが降ってきた。
「スンマセン!怪我無いっすか!」
そういって桜の木から滑り降りてきた男性が三栗に頭を下げた。
「大丈夫です。いつものことなので。」
三栗は穏やかに返事をし、教室へと向かった。背後では「スンマセンした!」と男性が大声で頭を下げていた。
靴箱の扉を上げると扉のねじが外れ、三栗の靴箱が壊れた。三栗は慌てる様子もなくカバンからドライバーを取り出し、きゅるきゅると靴箱を治した。
教室へ入ると、「あー!」という大きな声と共に衝撃を感じ三栗は後方に倒れた。三栗が扉を開けたタイミング丁度に転倒した生徒の下敷きになったのだ。
「ってて…。ギャッ!三栗ちゃんごめん!アタシこけちゃって!したら丁度扉が開いて!」
三栗の頭上から声がする。三栗の上には馬乗りになったクラスメイトがわいのわいの騒いでいた。
「体は丈夫ですので大丈夫です。蜜柑ちゃんこそ大丈夫ですか?」
三栗の上から飛び降りたのは、クラスメイトの山吹蜜柑だった。蜜柑はぺこぺこと頭を下げて、三栗のスカートについたホコリを払った。
「蜜柑、なんでなんもないとこでコケるのよ。三栗ちゃん大丈夫?」
と、こちらに近付いてきたのは同じくクラスメイトの星葡萄だ。葡萄は豊かで艶のある黒髪を腰まで伸ばし、さらさらと揺らしながら呆れたように笑っていた。
葡萄の隣にはにこにことこちらを見ている蜜柑と同じ顔の、山吹檸檬がいた。
蜜柑と檸檬は一卵性双生児、二人は顔がそっくりだった。しかし性格や表情は真反対で、いつも騒々しい蜜柑とそれをにこにこと眺める無口な檸檬は学校の名物だ。髪の毛が名前の通り、蜜柑がオレンジ色、檸檬は黄色に染めていた。これは両親が分かりやすいようにと染めてしまったらしい。
「きっと私の不運のせいですね。」
と、三栗は言って蜜柑の赤くなったおでこをさすった。蜜柑は「三栗ちゃんは優しいな~。」と、涙を流している。
そんなことをしている間にチャイムが鳴り、HRが始まってしまった。
急いで三栗は窓際にある自分の席に付き、一息ついた。クラス担任の女性教師が今日一日の流れについて淡々と話すが、その声は三栗の耳には入らなかった。
窓から校庭を見ると、見ているだけで壮大な気分になる巨木が校庭のど真ん中に立っている。
三栗は今年一年ずっとこの席がいいな、と思い桜吹雪の舞う校庭を眺めていた。
放課後、三栗はそそくさと帰りの用意をしていた。今日も体育の時間に空から鳥の糞が落ちてくるわ、授業中に蜂が乱入してきて三栗だけ追い回されるわ散々だったが、今は父の話を聞かなくては、と帰宅することで頭がいっぱいだ。
隣の席の少女が「三栗ちゃん今日も絶好調やったね。」と、声をかけてきた。彼女は鶯小梅だ。良家のお嬢様だそうで、物腰も上品。不運体質な三栗に一年生のころから声をかけてくれて、かいがいしく親切にしてくれる少女だった。
「おかげさまで大事に至らず済んでいます!」
と、三栗は小梅に深々と九十度ほど頭を下げた。
小梅は口元を隠してコロコロと笑うと「三栗ちゃんは苦労人やね。帰ったらゆっくり休みなね。」といった。小梅は「では、さようなら。」とお行儀よく頭を下げて静かに教室から出て行った。
その後ろ姿を見送った三栗は、改めていそいそと通学鞄にめり込むように帰宅準備を始めると、
「三栗ちゃん、今日放課後一緒に遊ぼ。」
と、単調な声が聞こえたため再び頭を上げた。
三栗の机の傍に、クラスメイトの一江苺がいた。三栗の机に腕を乗せ、その上にこてんと頭を乗せている。とても小柄な少女で大きな瞳が愛らしい。苺も、一年生のころから三栗に良くしてくれているクラスメイトの一人だった。
「苺ちゃん!今日、学校来てたんですね。」
帰宅準備をする腕を休めることなく、三栗はそういった。
「そう、今日は午後から、保健室登校したの。」
苺は抑揚のない単調な話し方で言った。三栗はその言葉を聞いてうんうんと大きく頷いた。
「えらいですね!頑張って登校!」
三栗が笑ったと同時に、苺は嬉しそうににっこり笑った。
「放課後の件なんですけど、申し訳ありません。今日は両親と予定が…。」
三栗は申し訳なさそうに苺を見た。苺は少し悲しそうに眉を八の字にしたが、「そっか。」とだけ言い残し三栗の机からよちよちと離れた。
「また!見かけたらお誘いしますね!」
苺の背中に向かって三栗は話しかけた。苺は立ち止まって振り返ると、にこっと微笑み、葡萄たちの元へゆっくりと歩いて行った。
苺と葡萄は幼馴染なので、よく一緒にいるところを見かける。葡萄は「じゃあ私と一緒に遊びながら帰ろう。」と、苺に声をかけてくれていた。苺は微妙な顔をしながら「うーん。」と唸り、教室から出ていった。葡萄もそれを追って出ていった。三栗はそんな二人の様子を見て、幼馴染っていいなあ、と思うのだった。
帰りの用意が済むと、三栗は鞄を抱え勢いよく教室を出た。