星葡萄
三栗はファミレスに来ていた。
星葡萄に呼び出されたのだ。葡萄とは同じクラスで時々喋る仲で、彼女は苺と仲が良かった。とても真面目な生徒で、苺が授業を受けずにいることも気にしている様子だった。紫がかった深い黒髪が艶めく優等生で、周りから少し浮いている三栗にも差別なく話しかけてくれる稀な存在だ。
三栗はしばらく学校へいっていなかったのだが、連絡アプリ「MOIN」で葡萄から呼び出されたというわけだった。
「あ、星さん…。」
ファミレス前で腕を組んで立っている葡萄に、三栗は軽く手を振った。葡萄も三栗の存在に気が付くとにこにこと八重歯をのぞかせて手を振り返してきた。
三栗はその姿を見て少しホッと安堵した。出会い頭に罵声を浴びせられるかと思っていたのだ。
「桃ちゃん、最近学校来ないじゃん。」
日の当たらない奥まった席を案内された三栗と葡萄はとりあえずドリンクバーを頼んだ。
「フレンチトーストシェアる?」
と、葡萄は提案してくれた。
三栗は朝を食べたばかりというのと、今から葡萄に責められるかもとを考えるとどうにも食欲がわかず、やんわりと断った。
「…やっぱ落ち込んでるのって、苺のこと?」
葡萄は野菜ジュースを飲みながら三栗に言った。
「あ…、その。」
三栗は変な汗が噴き出てきて、葡萄への申し訳なさで押しつぶされそうだった。葡萄と苺は幼馴染で、葡萄は不登校がちな苺のことを本当によく気にかけていた。学校へ一日苺がこれない日は必ず帰りに苺の家に寄っているのだと、苺伝いに聞いたこともあった。
三栗のことも苺が懐いているクラスの子、という感じでよくしてくれていたのだと三栗はわかっていた。
あんなに気にかけて大切にしていた幼馴染が突然亡くなったと聞いて、葡萄はどう思っただろうか。そして、その場に居合わせたクラスメイトと今、どんな気分で対峙しているのだろうか。
「ショックなのはわかるけど、早く学校おいでよ。蜜柑も檸檬も、鶯さんも心配してた。」
葡萄は紫がかったツヤのある黒髪を手ですくい、片側に寄せた。
「けど私…。」
助けられなかったんです。と三栗が続けようとしたが、ただの女子高生である自分になにができたというのか、と頭の中の自分の声が聞こえた。
「桃ちゃんのこと悪く言ってるやつらにだって私たち話付けたんだよ。居合わせてつらかったのは桃ちゃんで、友達を無くして悲しんでるのも、私たちと一緒。」
三栗はずっと葡萄の目を見れないでいたが、そう言葉を受け、やっと顔を上げて葡萄の顔を見た。
はっきりしている美人な顔立ちで、大きな黒目がこちらをじっと見つめていた。口元は微笑んでいたが、三栗には目元は笑っていないようにも見えた。
「今日、来てくれてありがとう。」
葡萄は優しく微笑んで言った。三栗は申し訳なさと許された嬉しさで涙が出た。
きっと今、葡萄は自分の中でも葛藤があるだろうに整理をつけ、三栗と会って話をしてくれているのだ。三栗は葡萄の健気さをひしひしと感じていた。
「星さん…。ふがいない私に優しくしてくれて、ありがとうございます…。」
「何言ってるの。私たち、友達じゃない。」
葡萄は「私、パフェ頼んで言い?」といって、フルーツパフェを頼み、一人で平らげた。
「苺、最後の日はどんな感じだった?」
葡萄はパフェの空皿をつつきながら言った。
「苺ちゃん、手品のお手伝いをしてお小遣いをもらうって…。そのお金で一緒に遊びに行こうねって言ってたんです…。嬉しそうに、ヴュッフェの苺もたくさん、たべ、てて。」
三栗はどんどん言葉に詰まり、最後に話した苺を思い出しまた泣き出してしまった。
これまでずっと、不運体質もあって友人という友人ができたことのなかった三栗は懐いてくれて傍に来てくれる苺のことを大切に思っていた。苺の嬉しそうな顔や笑顔を思い出すたびに自分のふがいなさを改めて感じ、涙が止まらなかった。危険を食い止めるために習った武芸も、何一つ役に立たなかった。
「…苺のために、泣いてくれてありがとう。」
葡萄はそういって、パフェの残骸を細長いスプーンで底からかきまぜた。葡萄の声は全く色が無いように思えて三栗はまた、葡萄の顔が見れなくなってしまった。