おとり捜査官のたまご
「今から、大切な話をする。」
帰宅した山椒は眼鏡をビカビカと光らせながら、ホカホカのお茶を啜った。
「今回のテロ事件に関わった組織がうっすらとわかってきた。」
「え!」
三栗は自分の席から立ちあがるほど吃驚した。
テロ予告があったとはいえ、現代社会でテロを企てる組織は湯水のように湧き、なかなか特定へ繋がらないのが現状だったからだ。
「『解語の花道』という宗教団体の名前が浮上した。」
山椒はどっしりとリビングチェアに腰かけて言った。うまいことライトアップされていてなかなか貫禄があるように見えた。
「『解語の花道』はここ十数年の間に大きくなった新興宗教団体、民族宗教から分離した女性蔑視への疑問を持つ女性優遇団体ね。」
柿八子はにこにこと話した。両親の話しを聞きながら、三栗はたらりと冷や汗が一筋垂れた。三栗ですら知っている大きな新興宗教だったのだ。
なんなら若い子の間で流行っている。若い少女がこぞって入信したりなどニュースになることもある現代で人気のある団体でもあった。
「けど、女性が穏やかに暮らせる世界を、とスローガンにしていて平和主義で知られているのに、テロなんて。」
「そうね、三栗の言うように世間一般には平和主義としての露出が多い。けどどうしても自分たちの意見が通らないと暴動に出てしまう人も、中に入るのよ。」
柿八子は少し寂しそうに言った。そして付け足すように「でも、全員じゃないわ、絶対に。本当に平和を願って活動をしている人のほうが多いはずよ。」とも。
「しかし、今回この事件で、名前が挙がった。死者も出たテロ事件にだ。」
光らせた眼鏡の隙間からぎらりと、山椒の鋭い目線が見えた。
「講演会を行っていた番茶出花さんへの事情聴取で、名前が出てきた。『怒髪天の会』から『解語の花道』へ改宗するものも最近多くみられて、その結果『怒髪天の会』は異教として弾圧されている背景があるそうだ。」
山椒は手元に資料を取り出し読み上げるように言った。それを聞いて柿八子も三栗に話しかけるように説明をしてくれた。
「『怒髪天の会』は、宗教と呼ぶにはまだ幼いけど思想の似た人たちが集まり、世の中をより良くするためにエンターテイメントが必要だといっている団体よ。」
「なんだかすごく平和な団体ですね。」
「そうね、名前以外は平和よね。」
どうしてそんな平和を願う人が、平和をもっと願う団体へ移動し、その結果もともと自分たちのいた居場所を攻撃してしまうのだろう。三栗は何とも言えない気持ちになりながら、指先をいじった。
「まあ今回の事件はこんなところだ。まだ真相もわかっていないし、想像の域を超えないんだ。」
山椒はそういってガサゴソと資料をしまうと、三栗に向きなおして「今後、事件の捜査に出るかどうかは三栗に任せる。」と、言った。
「え!私ですか?」
「そうだ、お前はいまおとり捜査官のタマゴだ。今回の事件で怖じ気ても仕方がない。これから名前の出ている『怒髪天の会』や『解語の花道』のかかわった事件は避けたってかまわない。」
山椒はそういって再びどっしりとリビングチェアに座りなおした。三栗はそういわれてはじめて、そういえば自分はおとり捜査に入っていたのかと思いだした。
「あ、あの、私の思っていた、おとり捜査と違ったのですが。」
三栗はおそるおそる挙手をした。
「まあ今回はおとりというよりは潜入捜査だったな。中心の組織もわかっていなかったし。」
「で、ですよね。やっぱり私いらないんじゃ。」
「そんなことはない。今回あの場でテロ事件が起きたのを事前に察知し、実行まで移すかもしれない事件をたまたま三栗、お前が発見したんだ。」
「ど、どういうことですか。」
三栗は全く意味が分からず聞き直したが、山椒は細くため息を吐くと「だんだんわかるさ。」と言った。
柿八子も眉を八の字にして、三栗に微笑みかけた。三栗は「自分は何をさせられているのだろう。」と、心の中に隙間風が吹いたのだった。