ファーストペンギンとしての役目
「お母さん、一個聞きたいんですが。」
ショッピングモールから帰宅し、玄関先で三栗は言った。三栗に柿八子は向きなおして「じゃあまずは家に入りましょうか。」と、微笑んだ。
三栗の足元では、ネズミが死んでいた。
「どうしてあの会場に私がいたら、死人が減るんですか?」
ソファに正座しながら三栗は言った。柿八子は鼻歌を歌いながらワンピースをショッパーから取り出している。
「あの場は、《嘘かホントかわからないテロ予告》が来ていた会場だった。でしょ?…もちろん警戒は必要だけど人員を割くには甘い環境だった。」
柿八子はカーテンレールにワンピースをひっかけた。おそろいのパステルグリーンとパステルベージュのワンピースだ。
「けど《実績》のあるアナタをあの会場に連れていくとなると、警察の動きも変わってくる。」
「実績…。」
「これまで事件に巻き込まれたアナタの《実績》。警察記録のほとんどに名前が登場する三栗がそこに居るだなんて警察もちょっと慌てるでしょ。」
ウィンクをしながら柿八子はワンピースに被せられたビニールをはがした。
「これまで、人員を割かずに大量の死者を出したテロ事件がもういくつもこの国で起きている。けど体制は変わらないまま、たくさんの人が亡くなり続けているのよ。」
柿八子は三栗の座っているソファの隣に座り、にこにこと微笑みながら三栗の手を握る。
「この平和ボケを維持したい国で、テロや暴動が横行しているのは事実。なのにみんな動くことを拒んでいる。その背を押すのが三栗、アナタだと思っているの。」
「け、けどそれって、やっぱり私の《不運体質》でテロが実現しているってことじゃ…。」
三栗は少し足がしびれてきたので足を崩した。
「テロはアナタがいなくても起こってる。アナタが家で眠っているときや、学校へ行っているとき。予告だけあって決行されないものもあればされるものもある。けど、アナタはこれまで、予告のあったテロ会場に知らず知らず足を踏み入れテロに巻き込まれた経験がすでに30件以上ある。すべてがすべて死人が出たり、本格的に決行されたわけではないけど、決行される可能性の高いテロをほぼ確実にわかるなんて、素晴らしい能力だわ。」
柿八子は優しく手を放して、キッチンへ向かい、温かいミルクを作った。
「アナタが予告のある《危険な場》に来ることで、ビビりの《警察》が会場へくる。それだけでも大きな進歩なの。」
温かいミルクを柿八子から手渡され、三栗はミルクに優しく息を吹き付けた。ミルクの表面が波立ち、薄い膜ができた。
「この前の会場でも、あんな数の警察を用意することは本来不可能に近かったの。テロ組織の中には銃や手りゅう弾を持っていた者もいたと聞いているから、本当に最小限に被害は食い止められているのよ。」
三栗は「被害」という単語を聞いて苺を思い出した。
小さくて色白で、頑張り屋だった。お小遣いがもらえたら一緒に遊ぼうと約束をした。
「苺ちゃんは、私と友達になったこと、後悔してるかな。」
三栗はミルクを一口飲んだ。
「苺ちゃんのお父さん、あの会場にいたけど無傷だったわ。講演者の番茶出花婦人もステージ裏で縛られていたけど命に別状はなかった。」
そういって柿八子もミルクを一口飲み「アナタは苺ちゃんの大切な人を救ったの。」と言った。