侍女メイリーン、お嬢様のためならば。
セオの提案に私は首を横に振りました。
さすがにそこまで甘えることはできません、自分で何とかしますと言いましたが、「別に慈善事業じゃないよ」「君は皆に内緒で満腹食べられる、俺は報酬を貰える、持ちつ持たれつの関係ね」と押し切られてしまいました。
「あ、心配しないで。べらぼうに法外な報酬を吹っ掛けようって訳じゃないからさ。通常のお祓い代程度ね。今日は初見だから少し多めに請求するけど、次からは割り引いとくから。そうだなあ、君に提供する飲食代を差し引いて、少しお釣りが出るくらい?」
とどめは、「断るなら、ブレット卿に本当のこと言っちゃおうかな~」の一言でした。
ええ、もはや提案ではなくて「脅し」でした。
いい人だと思ったのに、もう訳が分かりません。
「……疲れました?」
はっと顔を上げると、ブレット様が冷ややかな瞳で見ていました。
そうでした、まだ結婚披露パーティーの最中でした。九割がた進行し、ほぼ終盤ですが。
「いえ、すみません……少しぼんやりしていました」
「もうじきお開きです。早めに部屋へ戻って、ゆっくり休んでください。私は最後までここに残りますが」
「はい、お気遣いありがとうございます」
いつもならここで会話が終わる流れですが、ブレット様はまだ立ち去りません。
「例の件ですが、セオが大丈夫と言うなら心配無用です」
何も言っていないのに、セオの名前を出されてドキリとしました。
私たちが秘密裏に交わした契約のことをブレット様はご存知ありません。
セオが適当に説明した、「二人の結婚を快く思わない人間の生霊が新妻を祟っている」という話を信じています。
セオが考えた設定では、「その生霊の力は強くないが執念深く、一度のお祓いでは駄目だ。数度に分けて祓う」です。
パーティー終了後、ため息を抱えて部屋へ引っ込みました。
着替えを手伝ってくれるメイリーンが、私の表情から察したようです。
「どうかなさいましたか?」
メイリーンには、これまでの経緯を全て正直に話しています。
夜中にお腹が空いてお菓子を盗み食いしてしまったことも、覚えていないとすっとぼけたところ、思わぬ展開になってしまったことも。
私の大食漢ぶりもサイラスとの過去も全部知っているメイリーンには、正直に話せます。
セオに連れ出されてレストランで食事をした事も、今後の提案をされて断り切れなかった事も。
「嘘を隠すためにまた嘘をついて……どうしてこうなってしまったのかしら。ブレット様は、私が呪われていて、セオのところへお祓いに行くと信じきっているの。罪悪感がー」
「リシュー様」
メイリーンが珍しく強い口調で言いました。
「一度つかれた嘘は、つき通すべきです。押し通せば、嘘も真になりましょう。セオ様の提案は『渡りに船』ではございませんか。明日以降すぐにご自由な時間ができるとは限りませんし。確かに少し風変わりなお方のようですから、不安はありますが……、サンドフォード家のご親戚ですよね。信頼も厚いようですし……大丈夫かと」
最初の勢いが尻すぼみになり、だんだん不安を滲ませたメイリーンは、また思い直したように口調を強めました。
「大丈夫です、次回からは必ず私も付き添いいたします。このメイリーン、命に代えてもリシュー様をお守りする所存でございます」
「メイリーン……」
胸の前でぎゅっと握られたメイリーンの拳をそっと手のひらで包みました。
「駄目。生きて。死んじゃ嫌よ」