セオに会いたいです。
珍しく朝から食欲がありません。
と言いたいところですが、どんなときでも食欲が衰えないのが私の凄いところです。
悩んでいてもバクバク食べられます。
ああ、このスープどこか懐かしくてほっこりします。どろりとしたペースト状のジャガイモに、玉ねぎの旨味が絡み合って、素材の良さが味わえます。
安くても美味しいものを十倍食べたいと言った私の言葉を「可愛い」と仰ったブレット様は、それをそのまま笑い飛ばさずに、以後のメニューに取り入れてくださいました。
食卓に上るお料理には、ときどき庶民的なものやレトナーク地方の郷土料理が登場します。
セオがアランを呼び出したときに行った大衆料理店の話をしたときには、自分も是非行きたいと仰ってくださいました。
今度は二人で行きましょうね、と。
相変わらず淡々とした雰囲気ですが、穏やかで優しいブレット様ーーーー
剣を握ると人格が変わると聞いて、本当に驚きました。
でもそれは呪われた剣のせいですし、その剣はもうお手元にありません。
しかし、ブレット様はまだ恐れていらっしゃいます。バルバーニーの剣が無くても、きっかけさえあれば暴発するかもしれない、ご自身の中に眠る激情を。
セオ。セオはきっと知っていたんじゃないでしょうか。ブレット様が抱えているものを。
セオは私に言いました。ブレット様をもっと笑わせて、怒らせて、感情をぐらぐら揺さぶって枷を取っ払ってあげて、と。
つまり、ブレット様の押し込めた激情を解放しろということでしょうか?
そんなことをして私、無事でしょうか?
『これ以上気持ちを乱されるのはまずいと思い、斬り殺したくなる前に追い出した』というブレッド様の言葉がよぎります。
ごくり、と噛み砕いた朝食パンが喉を通りました。
『ブレット卿のことをもっと信頼しなよ』
セオの声が響きます。
セオはどうしてブレット様を尊敬しているのでしょう。どうしていつもブレット様の肩を持つのでしょうか。自分と母親を迫害した相手の孫なのに。
尊敬している。
あれは皮肉ではなく、セオの本音から出た言葉だと私は思います。
ああ、セオ。セオに会って今すぐ聞きたいです。どうしたらいいのか相談したいです。
いえ、本当のところすでに心は決まっているのですが、背中を押してほしいのです。
あのズケズケとした物言いで、さっぱりとした笑顔で「君なら大丈夫」と。
う~、セオに会いたい。
しかし昨日「しばらくのお別れ」を交わしたばかりですし、セオに頼ってばかりは駄目ですよね。
昨日荷物を取りに行ったとき、セオ邸の玄関はまだ壊れたままで、大きな布が張ってありました。聞けば、今日から業者が入っての修理工事が始まるとのこと。
あの日、殺人鬼令嬢と化したリリア嬢にセオ邸の玄関はバキバキに破壊されました。セオはそれを放り置いて、私とリリア嬢をそれぞれ送り届けることを優先してくれました。
本当に優しい人です。
その優しさにいつまでも甘えてはいけません。
いけませんが、やっぱりセオに会いたいです。




