その剣、危険につき。
「結果的には、そうですね」とブレット様はお答えになりました。
「イザベルに嫌われないために、私は激情を押し殺して、また仕事に没頭しました。彼女の服装や他の男への態度が目に入らないように。目にすれば、またたまらなく嫉妬に駆られるからです。仕事に集中し、距離を置いた結果、イザベルは他の男へ心移りしました。私があまりに仕事ばかりなので寂しくなったと」
「そんなぁ。干渉されるのが嫌で、放って置かれたら置かれたで寂しいって……分かりますけど、それはちょっと……」
さすがにブレット様に同情します。
ブレット様は苦笑しました。
「いえ、私が悪かったのです。加減が分からなかった。感情のバランスが上手く取れていなかったせいで、百か零か、振り子はどちらかにしか振り切れず、両極端でした」
『私が悪かった』
バーで泥酔したブレット様も、夢に現れたイザベル様に同じように謝っておられました。
あれはつまり、こういうことだったのですね。
「イザベル様の浮気には、ブレット様にも非があったとお考えなのですね」
「はい。今はそう冷静に思えます。しかし、浮気現場を目の当たりにしたときは、とても冷静ではいられませんでした。一瞬頭が真っ白になり、次の瞬間には血がかっと昇り、全身が震えるほど怒りが込み上げました」
えっ!
「浮気現場を目撃されたんですか!?」
「はい。私の出張中に、彼女は浮気相手を家に連れ込んでいました。男は元々うちの出入り業者でしたから、用件を作って呼び出せば屋敷の者にも怪しまれません。それを良いことに堂々とーー夫婦の寝室で」
えええぇ!
えっ、夫婦の寝室ってここですよね!?
思わず視線をぱっとベッドへ移しました。
あそこで!?
私、知らずに毎日あそこで寝ちゃってますけど。
「ああ、いえ。この部屋ではありません。イザベルが出て行ってすぐに、寝室は移しました。元の寝室は現在使っていません」
「あ、はい……良かったです」
「で話の続きですがーー、浮気現場を目の当たりにした私は怒り狂いました。イザベルから男を引き剥がし、殴りつけ、蹴り飛ばしました。男はもちろん丸腰で、無抵抗です。言い訳はしていましたが。私は怒りが収まらず、一旦部屋を出て、剣を手に戻りました」
剣を手に。嫌なフレーズです。嫌な予感がします。
「その剣というのは、もしかして……」
「はい。バルバーニーの剣です。アークテレドの終戦で鞘に収めて以来でした。私は禁断のそれを再び手に取り、剣を抜いたのです。万能感に包まれ、まるで自分が神になったかのようでした。怯え、ひれ伏して許しを乞う男のなんと滑稽なことか。こいつを斬り刻んで、どう料理してやろうかと、舌なめずりしました。私は笑っていました。もはや怒りはなく、殺す理由などどうでも良かった。ただ、これから人を斬れると思うと嬉しくて」
嫌な予感というものは、大抵当たります。
「剣を大きく構えたとき、イザベルが足元へ飛び込んで来ました。私の足にしがみつき、やめて殺さないで!と叫びました。『私のお腹の中にはこの人の子供がいるの』」
「えっ!」
もう嫌です、勘弁してください、イザベル様!
ここでそれを言うタイミングじゃなぁあぁい!
「叩き斬ってやろうと本気で思いました。イザベルも男も全員まとめて。しかし子供に罪はないですからね。子供に親は必要ですし」
興奮を帯びていたブレット様の口調が、少しずつトーンダウンし、元の穏やかなものに落ち着きました。
「良かったです。殺ってなくて」
やはりブレット様は打ち勝ったのです。恐ろしい剣の呪いに。やってしまえという悪魔の囁きに。
「ええ。でも今の話で分かったでしょう。私はこう見えて、危険人物です。またいつどうなるか分かりませんよ」
「ええっ。そう言われると怖いですけど。そのバルバーニーの剣って、今もこのお屋敷に、ブレット様のお手元にあるんですか?」
「いえ。その一件で、これはやはり手元に置いておくべき物ではないと思い、手離しました。それまでは、他者へ渡るのも危険が生じる、それに、もしも将来お国や家の危機が迫ったときには役に立つと思い、手離す気になれなかったのです。まあ色々と口実を付けて、結局は離れがたかったのです。使わなければいいだけだと自戒しながら、その気になればいつでも使えるという安心感に支えられていました。そして実際、また剣を抜いてしまいましたし」




