旦那様の大事なお話。
湯浴みを終えてナイトドレスに着替え、寝室でブレット様を待ちました。
二日酔いを理由に、昨日は別室でお休みになったブレット様ですが、今日はどうされるのでしょうか。
「夫婦の寝室」であるこの部屋で、結婚以来ずっと私一人で寝ていましたが、今日から二人で……が自然な流れでしょうか?
夫婦ですもんね。
誤解も解けましたし。
お世継ぎ問題もありますし。
ですが、ブレット様はなるべくその問題から目を背けたい、触れなくていいなら触れないでいたいという、「臭いものには蓋をする」スタンスでいらっしゃいます。
昨日も夕方にはすっかりお加減が良くなってらしたのに、夜になると「二日酔い」が急にぶり返し、そそくさと別室へ引っ込まれました。
あれは完全に、妻との夜を避けたいがゆえの仮病でした。
私のことを「可愛い」と言ってくださったブレット様ですが、「たくさん食べる可愛い生き物」として好ましく思ってくださるのと、女として魅力的かどうかはまた別の話。
ブレット様は前の奥様、イザベル様を夢に見るほどまだ想われていますし、私とイザベル様は全くタイプが違います。
体裁として後妻は娶ったが、やはり前妻への未練がある。その未練を捨てるつもりはない、というお話であれば、それをお聞きする覚悟はあります。
一昨日の夜、バーで泥酔し、イザベル様と間違えられて話してきたブレット様とお話したときから、その覚悟はできておりました。
ブレット様の胸のなかに違う女性が住んでいようと、私はブレット様のお側で、その隠し持ったお寂しさを少しでも緩和したいと、そう思うのです。
ブレット様がやって来られました。今日はモスグリーンの渋いナイトガウンをお召しです。
「こんな時間にすみません。大事な話というのは……私の過去のことです」
とブレット様は切り出されました。
ああ、やはりイザベル様のことだと身構えると同時に、セオに頭ポンポンされた件ではなかったとほっとしました。
「私が騎士団にいたことは、叔母から聞いて知っていますね」
「はい。アークテレドの内戦でご活躍なさったと」
「活躍……そうですね。私はたくさんの敵兵を斬り殺しました。戦では、人を殺すほど称賛されます。この手は多くの血飛沫を浴びています」
戦果を誇るではなく、罪を悔いるブレット様の言葉に、いつかのセオの言葉が重なりました。
『手柄を上げて出世したってことは、それだけ大勢の人間を斬ったってことだ』
『殺された者の恐怖や無念、絶望や後悔……怨念は禍根となって残る』
「その人たちが怨念となって、ブレット様を呪っているということですか? セオに頼んで、祓ってもらえばーー」
「いえ、私は騎士となる前に既に呪われていたのです。事の始まりは、一本の剣との出会いでした」
思わぬ方向へ話が展開していきます。
「十五になった年でした。祖父から誕生祝いに好きな物をやると言われました。ちなみに私の祖父は先代の国王陛下の弟で、サンドフォード公爵家の一人娘と結婚した、先代のサンドフォード公爵です」
「はい」
「私はその祖父のコレクションの中から一本の剣を選び、それが欲しいとねだりました。祖父は骨董品や美術品の収集家でした。私が欲しがったのは、祖父のコレクション部屋の壁に飾られていた『豪傑バルバーニーの剣』です。豪傑バルバーニーを知っていますか? かのシーガスタの大戦で旧王政軍を最期まで率いた大将です」
「はい、何となく……シーガスタの大戦は歴史で習ったような……。三百年くらい前の話ですよね?」
「ですね」
「かの有名な軍将の剣がサンドフォード家にあったってことですね。すごいです」
「ずっと祖父の元にあったわけではありませんでした。バルバーニーの剣は長い歴史の奔流に揉まれ、あちこち流れては埋もれて、しばらく所在不明となっていました。祖父の兄であった先代の国王陛下が崩御され、その形見分けでゴタゴタがあった経緯で、祖父の元へ来たのです」
「剣の前の持ち主は先代の国王陛下でいらっしゃったのですね」
先代の国王陛下といえば、セオのお父様です。
そのことがどうしても頭をちらつきます。
「いえ、それもまた違います。それについては話の後半に」
とブレット様が仰いました。
お話は複雑で長くなりそうです。ついていけるでしょうか。




