さようならの前に。
翌日の午後、メイリーンと男手を伴ってセオ邸を訪れました。
置いていた荷物を持ち出すためにです。
ブレット様は昨日休んだ分を取り戻すのだと、今朝早くお仕事に行かれました。
「別に君も来なくて良かったのに。人手だけ寄越せば」
「そんなつれないこと言わないでください。昨日はろくにお礼も言えなかったですし。あのままお別れだと、お別れもろくに言えないままになってしまいます」
セオはもうすぐ仕事で遠方へ旅立ちます。出張と言っていたので、数日間、長くても数週間くらいだろうと勝手に想像していたのですが、数ヶ月から一年だそうです。
「そんなに長く都を空けて、大丈夫なんですか? 陰ながら王都の平和を守るヒーローが」
「たまに帰ってくるよ。単発の案件が入ったら。向こうのはちょっと腰据えてやらなきゃいけない感じだからさあ。拠点を向こうに移して、こっちに出張してくる感じかな」
それを聞いてほっとしました。
「じゃあまた、たまには会えるんですね」
「あれ? もしかして俺がいないと寂しい感じ
?」
セオは茶化した口調で言いましたが、図星です。
寂しくないわけ、ないじゃないですか。
セオは王都へ来て初めてできた、唯一の友達です。
「……寂しいです」
セオの手が、ぽんと私の頭に触れました。
「大丈夫だよ。離れていても、会えなくても、友達ってのは一生もんなんだから。ブレット卿と仲良くね。もっと怒らせてもっと笑わせて、感情ぐらぐら揺さぶって、枷を取っ払ってあげてね。君ならできる」
「セオ……」
以前から感じていた違和感に確信を覚えました。
「セオって…………ブレット様のこと、すごく好きですよね?」
セオが色々と手助けしてくれたのは、私のためというより、全てはブレット様のために他ならない気がしてなりません。
「いや。すごく好きどころか、むしろちょっと苦手だけど?」
「ええー!」
「でも、尊敬はしてるよ」
にっこり笑ってセオは言いました。
その夜、お戻りになったブレット様にその話をすると、複雑な顔をなさいました。
「セオがそんなことを……」
「はい」
その後ブレット様の口数はめっきり減ってしまわれました。
何かまずいことを言ってしまったのでしょうか。セオがブレット様を尊敬していると言っていたと、良いことのつもりでお伝えしたのですが。
「好きじゃない、むしろ苦手だ」の部分はお伝えしていませんし。
はっ。もしかして! セオが私の頭をポンポンした場面を目撃した誰かが、ブレット様に告げ口したとか!?
言葉少なに晩餐を終え、ブレット様が仰いました。
「折り入って、大事な話があります。後で寝室で」
どこかで聞き覚えのある台詞です。
「大事な話が」と以前に切り出したのは私でした。あれが引き金となって、お屋敷を出て行く事となり、誤解を解くまでが大変でした。
ブレット様の「大事な話」とは何でしょうか。
怖いです、ドキドキします。




