最後のチャンスを生かしたいです!
ブレット様のお屋敷に到着すると、護衛がわらわら出てきました。
ブレット様のお帰りだと分かると、執事のコイルと使用人も飛んできました。
約束していて会ったものの、ブレット様が泥酔していたため連れて帰った、という旨をセオがコイルへ説明しました。
私たちが遅刻をしたせいで、という部分は省かれましたが、嘘はついていません。
「もう、ほんっと大変だったんだから。ここまで連れて帰るの。あー疲れた」
恩着せがましく言われ、コイルは恐縮しきりです。
「でさー、ブレット卿が目覚めたら大事な話があるから、俺たちも今夜はここへ泊めてよ。ブレット卿が酔い潰れちゃったせいで、話せてないんだよね。くたくたでもう動けないし」
こう言われては泊めるしかありません。
強引で厚かましいですが、セオの意図は分かります。今日を逃したら、後がない気がしますもんね。
強引に約束しておいて大遅刻した私たちは、次回の機会をいただける気がしません。
何しろブレット様は待っている間に酔い潰れてしまうほど、ご立腹だったのです。
目覚められたときが正直怖いです。
それでも私たちは……いえ私は、ブレット様ときちんとお話しなくてはなりません。
そのためには多少の汚い手もいといません。
かくして私たちはサンドフォード家に一泊することになりました。
セオが前に言った通り、コイルや使用人たちは私が屋敷を出た理由が、セオとの不貞にあるとは思っていない様子です。
出て行った新妻が浮気相手と一緒に戻ってきたら、さすがにもっと騒然とします。
屋敷を出たときと同じく、目を逸らされ気味ではありますが、丁重な扱いです。
私とメイリーンは同室、セオは別の客室へ案内されました。
部屋へ案内してくれたメイドが温かいお茶とお茶菓子を届けてくれましたが、雀の涙です。
お腹が空いてお腹が空いて、眠りにつくのが大変でした。
ブレット様に今夜全てを打ち明けて、もし私の大食漢ぶりを見たいと仰られたときには、実際に食べてみせる必要があると思い、夕食を少なめに食べたことが仇となりました。
あーお腹が空きました。
でも部屋を抜け出て、屋敷内をうろついたりはもう致しません。
思えばあの日、真夜中に寝室を抜け出してお菓子を盗み食いしたせいで、今に至るのです。
翌朝、泊まった客室に運ばれてきた朝食を食べていると、コイルが来ました。
「おはようございます。昨夜の件、改めてお礼を申し上げます。お食事が終わられましたら、応接間へいらしてください。ブレット様がお待ちです。セオ様にもお声がけしておりますので、お二人が揃われたら話をしたいとのことです」
来ました!
私とセオが逃すまいとした最後のチャンスです。
一気に朝食を食べ終え、ばばっと身だしなみを整え、客室を出ました。メイリーンが祈るように送り出してくれました。
応接間の前でちょうどセオに会い、「行くぞ」「はい」と力強く短い言葉を交わし、気合いは万全です。
いざ出陣です。
勇ましくノックすると、「はい」と不機嫌そうな低い声がして、早くも気勢がそがれます。
セオが扉を開け、先に入りました。遅れを取るまいと私も続きます。
一夜明けて再会したブレット様は、これまた新鮮でした。
セット前のナチュラルなヘアスタイルに、純白のブラウスにオフホワイトのベスト。
お仕事着は暗い色合いのスーツが多いので、珍しいです。
応接ソファーに深く腰かけ、片肘を肘かけに置き、足を斜めに組んでいらっしゃいます。
失礼しまーすとブレット様の斜め向かいにセオが腰を下ろしました。座る前に!
「きの、おっ、おはようこざいます。昨日は本当に申し訳ございませんでした!」
まずは遅刻の謝罪を、いや朝の挨拶をと欲張ったせいで噛んでしまいました。
「君たちの大事な話ってのはこれだろう?」
ブレット様は冷めた瞳で、すっと手を出されました。一枚の紙を持っておいでです。
それをこちらへ向けて突きつけました。
離縁状。
初めて見ます。衝撃的破壊力です。
ばっとそれがもぎ取られました。
セオです。奪い取った離縁状を、勢い良くバンッとテーブルに叩きつけました。
「違うだろーが! まずは嫁の話をちゃんと聞け!!」
セオの怒声にブレット様は顔をしかめ、痛そうにこめかみを押さえました。
「うるさいよ……そんなに怒鳴らなくても聞こえる」
セオは立ちすくんでいる私を見上げました。
ほら早くと。
怯むな、私。動いて唇。
ここまでお膳立てしてもらって、与えてもらった最後のチャンス。
持てる力の全てを尽くして、私は自分のことを話したい。ブレット様に知ってもらいたい。
「私はっ、浮気してません。セオとは全くそういう関係じゃありません。私に生霊が憑いていたというのは嘘です。夜中にお菓子を盗み食いしたのは私です。お腹が空いて眠れなくて、たまたま発見したお菓子があまりに美味しそうだったからです。セオは正直にブレット様に言ったほうがいいって言ってくれたのに、どうしても言えませんでした。嘘をついて、セオにご飯やお菓子をたくさん食べさせてもらってました。嘘に嘘を重ねて、騙して、本当に申し訳ありませんでした。セオは悪くありません」
……言った、言いました。とうとう言いました。
これでもう後戻りは出来ません。賽は投げられたのです。
ブレット様はこめかみに手を当て、険しい表情のままです。
「……え……なに? 何が? え、ちょっと待って。何……どういうこと?」




