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色気より食い気、でも太らないのは良いことでしょうか?

「ーーで、ドレスに一度袖を通してみてほしいのです。採寸したときと特に変わりはないようですが」


披露宴の準備について話していたブレット様が、私の首から下をちらりと見て、慌てて視線を外しました。

ええ、言いたいことは分かっています。慎ましい胸でどうもすみません。

幸か不幸か、いくら食べても太らない体質の私は、良くいえば華奢、悪くいえば貧相な体つきです。


『アイラみたいな色気を感じない』


追い討ちをかけるようにサイラスの捨て台詞をまた思い出してしまいました。

アイラという駆け落ち相手の踊り子は、ボンキュッボンの肉感的なタイプでした。


思い返すほど腹立たしい話ですが、日が経つにつれて怒りよりも自己嫌悪に苛まれました。

幼なじみのなあなあな関係に甘え、女としての色気を磨かなかった自分に。

彼の本音に気づけなかった鈍感さに。


「たくさん食べて、気持ちいいね」といっても、やはり限度というものがあるのでしょう。

毎度の食事で十人前、二十人前をペロリと平らげる女には、いつかげんなりしてしまうのでしょう。


ですからブレット様の前では猫を被ることにいたしました。

物静かで控え目な態度に徹し、食べる量も人並みにいたします。

幸い、ブレット様はほとんど自宅にいらっしゃらないので、このように共に食事をするのも月に一、二度だそうで。その程度の頻度であれば、猫を被り通せそうです。


もちろん空腹には耐え切れませんから、自由時間にはメイリーンを伴って、食べ歩きに出掛けますわ。

好きに使って良いというお金を毎月幾らかいただけるようですから、他のことには極力使わず外での飲食代に当てる予定です。

安くて美味しいものをたくさん買い込んでおけば、お屋敷でも凌げますし。


ええ、完璧な作戦です。

いえ、でした。過去形です。

ブレット様との初めての食事から三日が経ちました。ここへ来て十日目になります。

その間予想外に忙しなく、ふらりと出かけられる自由がありません。

広いお屋敷内をあちこち往き来するだけで半日は過ぎ、ブレット様は相変わらずお留守にも関わらず、毎日初めましてのお客様がいらっしゃっては挨拶をして帰られます。

執事のコイル曰く、三日後に控えた結婚お披露目パーティーまではバタバタするでしょうとのことで。


「もう少しのご辛抱です」


そう言ったメイリーンは合間を見ては顔馴染みになった若手シェフの元へ通い、試作のお菓子や使用人向けの裏メニュー料理を貰ってくるようになりました。

私がお腹を空かせているからです。

嫁入り道具に忍ばせていた大量の非常食もとうとう底を尽き、背に腹は変えられない状況。


普段の食事をもっと多めにしてもらえないか、給仕係に申し出る決意をしかけたとき、屈託なく彼女は口にしました。


「リシュー様は華奢でいらっしゃるので、食が細いのかと思いましたが、いつも見事な食べっぷりでございますね。拝見していて気持ちが良いですわ。前の奥様は本当に少食でいらして……あっ、」


うっかり口を滑らせたとばかりに給仕メイドは慌てて口をつぐみました。

私は私で、食事量を増やしてほしいと言い出せなくなってしまいました。

一人前の食事を完食するだけでそれほど感心されては、倍量食べるだけでぎょっとされそうです。控え目に言って、あと五倍は食べたいというのに。


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