隠れ家的バーに到着しました!
お詫びを述べて丁寧に頼み直すと、アンダーソン家の御者は矛先を収めてくれました。
先にリリア嬢を自宅へ送り届けることを条件に、お城付近まで送ってもらえることになりました。
馬車へ乗り込み出発します。
「さっきは悪かった、ついかっとして」
セオが喧嘩相手ではなく、私に謝りました。
「いいえ、セオは時間を心配してくれて、ああなったんですから」
「常に冷静でいようと思ってるんだけどね、たまに素が出ちゃう」
珍しくしゅんとしているセオと、さっきの「てめぇ、ぶん殴られてーのか!」と凄んでいたセオはどちらも新鮮です。
「いいと思いますよ。いつもニコニコへらへら、飄々としてるセオは大人ですけど、たまには子供っぽくても」
そう言うとセオはわずかに目をみはり、優しげな微笑を浮かべました。
「……それさ、ブレット卿にも言ってあげてよ。いつもクール気取って、感情を押し殺してるブレット卿は大人だけど、たまにはその枷、外しちゃってもいいんじゃない?ってね」
「枷ですか……」
言い得て妙です。
確かにブレット様はとても自制心のあるお方です。喜怒哀楽の感情をほとんど顔に出しませんし、言葉も淡々としています。
私に出て行けと仰ったときも、お怒りでしたが冷静でした。ピシャリと切り捨てて終わり、取りつく島がありませんでした。
あれ以来顔を合わせていないブレット様と、ようやく会える機会を頂けたというのに。
ああ、遅刻です。これは完全に遅刻です。
元々早目に着く予定で、出発時刻を早目に設定していましたが、その分を差し引いても大遅刻!
流石のブレット様も激怒なさるでしょうか。
第一、今回のお約束はセオが「ちょっと強引に乱暴な方法で」取りつけたため、約束した時点ですでにご機嫌斜めだと聞いています。
その上に遅刻!
何と不敬なことでしょうか。
絶対、物凄く怒ってますよね?
ていうか待ってくださっているでしょうか。怒って帰られたということも大いにあり得ます。
その可能性大です。
ああ早く、一刻も早く着きますように!
アンダーソン男爵家へ到着し、リリア嬢を抱えてセオが下りました。
門が開き、出迎えの者に事情を説明し終えた御者が急いで戻って来ました。護衛を従えています。
「お待たせしました。超特急でお送りします。お嬢様を優先してくださって感謝いたします」
夜が深まってきました。田舎ではすっかり真っ暗になる時間帯ですが、さすが王都の中心地は昼と見まがう賑わいです。
大通りに建ち並ぶお店にはまだ灯りがともり、人々が足早に行き交っています。その多くはお城勤めの人でしょう。
地下街の入り口付近で馬車を停めてもらい、メイリーンと下りました。アンダーソン家がつけてくれた護衛二人も一緒に馬車を下り、約束のバーまで送ってくれました。
どうか、どうかまだブレット様がいらっしゃいますようにーーーー
看板のない小さなバーの扉を開くと、チリンと控え目な鈴の音が鳴りました。
店内は薄暗く、雰囲気のあるランプでぼんやりと照らし出されています。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。リシュー・サンドフォード様ですね。旦那様が奥の部屋でお待ちです」
すっと目の前に現れたのは、真っ黒いパンツスーツに身を包んだ銀髪の、女性にしては男前な、男性にしては美人すぎる方でした。
ブレット様がまだいらっしゃると聞いて、胸が早鐘を打ちます。ドクドクドクドク……
「お、奥ですねっ」
「はい、あちらへ真っ直ぐ進まれてください。扉は突き当たりに一つですので、お分かりになるでしょう。ご入室できるのはリシュー様とセオフィラス・ジョナス様のみ。人払いをご希望ですので、ご案内は控えさせて頂きます。只今当店は、ブレット様の貸し切りとなっております。ご利用時間に制限はございませんので、ごゆっくりどうぞ」




