間に合いますか!?
ばっと時計を見ました。
出発予定時刻を三十分過ぎています。
「用意は出来てるよね、すぐ出よう」とセオが言い、リリア嬢をうんしょと抱き上げました。
「その方も連れて行かれるんですか」とメイリーンがぎょっとしました。
「うん、置いてくわけにはいかないから。アンダーソン男爵家は約束のバーからそう遠くない。君たちをまずバーで下ろして、俺はリリア嬢を送ってくよ。男爵に事情を説明しないといけないし」
確かにリリア嬢のことを放っておくわけにはいきません。
「分かりました」
バキバキに破壊された玄関を通って外へ出ました。
しかし、呼んでいたはずの馬車がありません。
「馬車がないです、私たちが遅かったからでしょうか」
メイリーンがキョロキョロして言いました。
「でも声もかけずに黙って帰るなんて!」
あっもしかして、とセオが言いました。
「声をかけようとしたけど、斧で玄関をドッカンドッカンやってる光景を見て、逃げ帰ったんじゃない?」
「あー!」とメイリーンとハモりました。「そうかも!」
そしてメイリーンが叫びました。
「あっ、あちらにあります! 馬車です!」
メイリーンが指差した方向に真っ直ぐ目をやると、確かに馬車の姿が見えました。
セオ邸のすぐ前ではなく、少し離れた先に停まっています。
駆け寄って近づくと、普通の辻馬車ではないことが分かりました。
リリア嬢をお姫さま抱っこしているセオが言いました。
「ああ、これはアンダーソン家の馬車だ。リリア嬢が乗って来たんだろう」
そう言ってひょいと御者台のほうへ回りこんだセオが舌打ちしました。
「寝てるとか、呑気かよ。おい、起きろっ。起きろおおぉ」
セオが怒鳴っても、メイリーンが肩を揺すっても、御者台に腰掛けたまま体を二つ折りに畳むようにして御者は動きません。
「あー、これ気を失ってるやつか」
セオが言いました。
「引きずり出して後ろへ移すか。まずはリリア嬢を後ろへ、と」
リリア嬢を後ろへ乗せ、御者を移動させようとしたとき、むくりと御者の上体が起きました。
意識を取り戻したようです。
「はっ! セ、セオ様!?」
セオとは顔見知りのようです。
「お、お嬢様がっ……リリアお嬢様が」
「ああ知ってる、そんでもう解決した。いま後ろで大人しく寝てるから、家へ連れ帰って。俺も一緒に行って、男爵へ事情を説明するから」
「は、はいっ、ではすぐに」
「待って。あとこの二人も一緒に乗せて行って。二人をお城近くで下ろしてから、アンダーソン家へ戻ってほしい」
「えっ!」と御者は険しい声を出しました。
「お連れするのはいいですが、お嬢様をお屋敷へお運びするほうが先です。その後にお送りします」
「いやいや、こっちの方が急ぎだから。リリア嬢は気を失ってるだけで元気だし」
御者台から下りて、リリア嬢の様子を確認した御者が悲鳴を上げました。
「ひっ、これのどこがお元気で!? ズタボロじゃないですか! どうしてくれるんです!? こんなお姿を、男爵様へどう説明しろと」
「だからそれは俺が説明するって。ズタボロなのはドレスだけ。あー擦り傷は多少あるけど」
「す、擦り傷!?」
ひいいぃと御者が甲高い声を上げました。
「あー! うっせえ、うっせぇ、うっせえよ! とにかく早く送ってけ。こっちは急いでるんだよ!」
セオが凄い剣幕で御者の胸ぐらを掴み上げると、ひいいぃと更に大きな叫び声が上がります。
「ひぐっ、こんな事をして、た、ただで済むと」
「ただで済まねーのはこっちだっつの! 人の予定狂わせやがって。あと、うちの玄関バキバキに壊しやがって。弁償しろよな!」
「も、元々はあんたのせいだろぉ!? あんたがうちのお嬢様をたぶらかして、弄んだせいだ!」
「はあぁ!? てめぇ、ぶん殴られてーのか」
「セオっ、セオ、喧嘩はやめて。先に男爵家へ行きましょう。揉めてる時間が勿体ないわ」
白熱する二人の間に割り入りました。
このままでは暴力沙汰になってしまいますし、いつまで経っても出発できません。




