ハプニングが発生しました!
ドンッと玄関のほうで大きな音がしました。
「呼んでおいた馬車が来たんですかね」とメイリーンが玄関へ向かおうとしたのを、セオが鋭い声で制止しました。
「待ってメイリーン、行くな! 戻れっ」
セオらしくない厳しい命令口調とドンッドンッと響いてくる音の異様さに、メイリーンは飛んで戻って来ました。
「二人、固まって壁際へ。早く!」
訳が分からないまま、セオの指示に従いました。メイリーンと寄り添い、セオが指差した場所へ走りました。
セオが片手を伸ばし、その掌をこちらに向けました。
「散り散りの精霊たちよ、我が手に集い清き光の盾となれ、守護光頼」
ぽうっと淡い光がセオの掌に灯りました。それが放射線状にすうっと伸びて弧を描き、私とメイリーンを包みこんで消えました。
「簡易結界を張った。そこでじっとしてて」
セオはこちらに背を向けたまま早口で言い、飾り棚に飾ってあった細身の剣を手にしました。
玄関から響く音が、ドンッドンッから、ドカッバキッベキベキっに変わりました。
ななななっ何が起こっているのでしょう。
ただならぬことが起こっている、いえこれから始まる、ということだけが確かです。
震えているメイリーンの手を取ってぎゅっと握りました。
異常な音が止み、しんと静かになったのが余計に不気味です。
「ひっ!」とメイリーンが声にならない叫びを上げました。
ぬっと現れたのは若い女性です。身なりから、貴族の令嬢だろうと推測されます。
しかしドレスの裾や袖はあちこち破れてボロボロで、手には斧を持ち、それをズルズルと引きずっています。
目は虚ろで俯き加減に、ぶつぶつと何かを呟いています。
ホラーです。完全にホラーです。殺人鬼令嬢の登場です。こ、こ、殺される!!
俯いていた殺人鬼令嬢がゆっくりと顔を上げました。くわっと目を見開くと斧を両手で握り直し、セオに向かって振りかぶりました。
セオの動きはとても素早かったです。
清流を泳ぐ魚のように滑らかに斧をよけ、空振りした斧は床にドカンと突き刺さりました。
その斧を両手で持っているため、がら空きとなった殺人鬼令嬢の脇腹に、セオはレイピアで突きを入れました。
レイピアは鞘付きなので、殺傷能力はありません。それでも物凄く痛いとは思いますが。
床に転がって悶絶している殺人鬼令嬢に再度レイピアを突き立て、セオはまた何やら呪文を唱えました。
今度は淡い光ではなく、強い光がぱあっと広がりました。眩しくて目を閉じました。
目を開けたときには、決着がついたことが分かりました。
殺人鬼令嬢はもう暴れておらず、静かに床に横たわっています。どうやら意識を失っているようです。セオはその傍らに膝をつき、令嬢の乱れて顔に張りついた髪を手で整えています。
怪我があるか確認しているのでしょう。令嬢の手を取ってあちこち観察したあと、ほっと息を吐いて立ち上がりました。
そしてこちらへやって来ました。
「やあやあ、ごめんね。怖かったよね。もう大丈夫だよ。祓ったから」
メイリーンがへなへなと膝から崩れ落ちました。私も自分の足がガクガクしていることに気付きました。
「祓ったって……このご令嬢は悪霊なんですか」
「このご令嬢はリリア嬢。アンダーソン男爵令嬢。また悪霊に取り憑かれてた」
「リリア嬢……あっ!」
聞き覚えがあると思えば、以前ここで食べ放題の会をしていたときに、セオに会いたいと押し掛けてきた方です。
「一度食事をしただけで、付きまとわれてるって言ってた例の……」
「そうそう。思い込みが激しくて、負の方向へ突き進みやすい性格だから、悪いものに取り込まれやすいんだろうねぇ」
やれやれ口調で言い、セオははっとした顔をしました。
「時間! 約束の時間、ブレット卿との。間に合うかな」




