行くあては一つです。
翌朝、荷物をまとめて屋敷を出ました。
馬車へ荷物を積みこんでくれたガストンも、見送りのコイルも言葉少なです。
無駄な会話はするなとブレット様に命じられているのかもしれません。
いつも見送りをしてくれるメイドたちも、今日は誰一人いません。
メイリーンと二人、馬車へ乗り込みます。
「お世話になりました」
コイルは悼むようにそっと目を伏せて、無言で応えました。
「どちらへ向かいますか?」
馬車の手綱を握る御者が尋ねました。
行くあては一つでした。
留守かもしれないと思いましたが、セオは家にいました。
突然訪ねてきた私を見て、目を丸くしました。
「え、どうしたの?」
「追い出されました。昨夜、ブレット様に打ち明けて、すごくお怒りで、出て行けと……」
言葉にした途端、ぽろりと涙がこぼれました。
「わっ、わわわ。とりあえず中に入って。立ち話も何だし。あ、君もどうぞどうぞ。と、そっちは? えっ荷物? うん、どうぞどうぞ、よく分かんないけど入れちゃって」
私とメイリーンと、大量の荷物。一瞬で全てを受け入れてくれたセオが女神に見えました。
家の中に入り、私の話をうんうんと聞き終えたセオは「あちゃー」と言いました。
「それ完全に誤解しちゃってるねー。君が俺と浮気してるって」
「え?」
寝耳に水です。
「えっ!」
思わず二度驚きました。
「何でそうなるんですか?」
「俺とのことを知っていると、ブレット卿は言った」
「はい」
「お祓いというのは口実で、君はブレット卿を欺き、俺と逢い引きを重ねていた」
「そんな言い方は。私はただお腹いっぱい食べたくて……」
「それをブレット卿は知らない。今聞いた話じゃ、結局言えてないんでしょ?」
はっとしました。
確かに、私が打ち明けようとしたときに、ブレット様が被せて、「セオとのことなら知っている」と仰ったのでした。
さすが何もかもお見通しなのだと思いましたが、勘違いなさっているということですか?
私がセオと浮気していると。
「えええ! 誤解ですっ」
「だねー」
「ではすぐに誤解を解かないと。ああどうしましょう、馬車を帰してしまったわ。近くで馬車を拾えるところはーー」
あわあわする私に、セオが言いました。
「待って。今からすぐ戻っても、ブレット卿は仕事で不在でしょ。屋敷で夜まで待たせてもらえる雰囲気じゃなくない? コイル爺も他の使用人たちもみんな、当然ブレット卿の味方。あのお屋敷はもう君のホームじゃない。完全アウェイだよ」
今朝の皆の様子に思い当たります。
朝食を準備してくれた給仕メイドも、部屋を整えにきてくれた清掃人も、コイルもガストンも、皆一様によそよそしく、目も合わせてくれませんでした。
私がブレット様を裏切り、不貞を働いたことが明るみになったからでしょう。(誤解ですけど)
それにしては優しい仕打ちです。
朝食は用意され、荷物のまとめは手伝ってもらえ、ここまで馬車で送ってもらえて。
裏切り者、この浮気女と、ひどい罵倒を浴びせられても良いだけのことをした(誤解ですけど)私に対して。
罵倒どころか、同情的な視線さえ感じました。
「あー、それは詳しく聞いてないからじゃない? 君を追い出した理由。多分適当にぼやかしたんだろうね。だって言えると思う? また嫁に浮気されたって。しかも今度は結婚して即行で。悲惨すぎて言えないよ」
あははとセオは笑いました。
笑い事ではありません。
前の奥様の二の舞とならないよう、屋敷の皆やおば様たちは結託し、ブレット様の職場の方々までお気遣いくださったというのに、私はそれをぶち壊してしまったのです。
浮気は誤解ですけど。
皆が一生懸命だったのは、ひとえにブレット様のため。
ブレット様が再び同じことで傷つくことがないようにと。
「私は本当にとんでもないことをしてしまったわ……」
ブレット様は私が浮気したと思い、それは深く傷つかれたでしょう。
前の奥様に続けて二度目ですし、セオの言葉を借りるなら「今度は結婚して即行で」です。
ブレット様の私を見る、冷ややかな瞳。
あれは無言の批判であり、軽蔑だったのでしょう。
ブレット様は浮気妻を糾弾することなく、淡々と接し続けました。
「どうして問いただしてくださらなかったのでしょう。聞かれたなら、本当のことを話したのに……」
「騙すなら騙し通せって言われたんだよね? だったら、そのまんまの意味じゃない? 知らないふりをして済むなら、それで済まそうと。俺との浮気なんて、どうせそう長くは続かないと踏んだんでしょ。いやー、さすがブレット卿は大人だねー」
「そんな呑気な。セオも困るでしょう、あらぬ誤解をされて。私と浮気した、間男だと思われているんですよ。早くブレット様の誤解を解かないと、セオにも大迷惑がかかります」
「例えば?」
「悪い噂が立って、お仕事に影響が出ます。王族御用達の祓い屋が王族の妻と浮気だなんて、とんでもなく悪い噂が立ちますよ。お仕事が無くなるんじゃ」
「あー、それは大丈夫。王族御用達っていっても、雇用契約はないから、首を切られることはないし。無所属、完全出来高制、完全歩合制。それに、屋敷の人らにも言ってないくらいだから、口外しないんじゃないかな。俺たちのこと」




