グリーンハルシュ公爵夫人のお姉さま
サンドフォード家に戻ると、来客が待っていると告げられました。
またいつもの親戚関係のおば様方かと思いましたが、
「グリーンハルシュ公爵夫人がいらっしゃっています」
お姉さま!!
「応接間ですね、すぐに行きます。メイリーン、悪いけれど荷物を部屋へ」
「はい」
メイリーンの後を荷物持ちの護衛が付いて行きます。それをコイルが不思議そうに見ました。
「あのお荷物は?」
「セオから渡された……ビスケットです。私を祟っている生霊を祓うために、特別な力が込められたビスケットを普段から食するように、と」
「はあ、ビスケット……ですか。では普段のお食事を調整して、少し量を減らしましょうか。ビスケットはわりと胃が膨れますからねえ」
「いっ、いいえ。大丈夫です、たくさん渡されましたが、少しずつ食べますから」
「そうですか、分かりました」
あ、あっぶなかったぁ!
空腹を凌ぐために貰ったのに、普段の食事を減らされては元の木阿弥です。
もし大量のお土産を見咎められたときの言い訳は用意していたのですっと出ましたが、心臓バクバクです。
ああ、こうやってまた、嘘を隠すために新たな嘘を重ねていくのですね。
「リシュー! 元気してた? 突然来ちゃってごめんなさいね」
応接間では、満面の笑顔でお姉さまが迎えてくれました。
我が姉ながら可憐です。お姉さまが微笑めば、薔薇が咲いたように空気が華やぎます。
レトナーク家の長女として生まれたお姉さまは、蝶よ花よと育てられ、年頃になると引く手あまたの求婚ラッシュ。
その中から最も地位が高く、誠実そうなグリーンハルシュ公ユリウス様を選び、お姉さまは嫁ぎました。
私が九歳のときです。
「この間のパーティーのときはほとんど話せなかったでしょう。リシューの元気がない気がして、心配だったの」
ああ、なんてお優しいお姉さま。
結婚披露パーティーにはお姉さま夫妻もお越しでしたが、ユリウス様のご都合で早く帰られたのでした。
私は私で、ブレット様のお仕事関係の方々に囲まれていましたし。
「お姉さま、嬉しいです。でも……ここまでお一人で?」
ユリウス様が治めるグリーンハルシュの都は、レトナークほど遠くはありませんが、そこそこ離れています。気軽に来ていただける距離ではありません。
「いいえ、ユリウスが王都に用事があって、それに便乗して来たの。ついでだから気にしないで」
「クレイグとエミリーも一緒?」
「二人は家でお留守番よ。それぞれお気に入りの家庭教師がいて、ご機嫌よ。昔みたいにママ、ママって引っ付いて来なくなって、少し寂しいわ。って、私の話はいいの」
お姉さまは一息つくと、私をじいっと見ました。
「リシューはどうなの? ブレット卿と。上手くやってる?」
「ええ、はい……まあ」
「私はグリーンハルシュの人間だし、こちらのことは詳しくないんだけれど。聞いたところでは、ブレット卿は仕事中毒で有名だそうね。ほとんどお城に住んでいるようなものなんですって?」
「ええ、はい…まあ。あ、でも最近、急に早く帰って来られるようになりました。お城へ行かない日もあったりで」
お姉さまの表情が和らぎました。
「あら、それはリシューと結婚したから変わられたということね」
「いえ。理由は不明ですが、違うと思います」
「何言ってるの、そうに決まってるじゃない。本人へ聞いてみたら? ああいうタイプの御仁には、ぐいぐい押したほうが良くってよ」
ウフフと笑って、素敵なアドバイスをしてくださいましたが、お姉さまはご存知ないのです。
お姉さまが実家にいたのは、私が九歳のときまでです。当時から私は「よく食べる子」でしたが、子供の食べる量ですので、今に比べればまだ可愛い範囲でした。
それにレトナーク家では、私がどれだけ食べようと、それほど異常なことだとは認識されていませんでした。
私自身、サイラスに振られて初めて、世間一般の許容範囲を越えているのだと気づいたくらいです。
「そんな自信なさげな顔をしては、折角の美人が台無しよ。大丈夫。自信を持って頑張りなさい」




