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婚約破棄をする相手は

作者: 缶野あく

 オーラル王国にある学園で、本日は卒業パーティーが行われていた。


 色とりどりの花が飾られて軽食が並ぶ広間の中、カツカツという靴の音と共にやってきた男は、迷いのない足取りで一人の女性の前まで進み、止まった。

 それに気づいた女性が振り向いて優雅なカーテシーを披露する。

 周囲もそれに倣うように形式的な礼を取り、男の言葉を待っていたが、


「ルーテナー・カシュナッティ嬢!貴様は姦淫の罪を犯した!よって、罪人としてここで拘束し、私との婚約を破棄する!!」



 その言葉は、広間に静けさをもたらした。









 ……なにを言っているのだろう、この方は。


 それがこの国の公爵令嬢であるルーテナーが真っ先に思ったことだった。

 目の前で声を張り上げたのはこの国の第一王子であるシスナ殿下だ。

 夜空に浮かぶ月のようなプラチナブロンドの髪と黄金の瞳は王族しか持たぬ色で、端正な顔と相まってまるでこの世の者とは思えない程の美貌を携えている。そんな外見だけは物語で謳われるような王子だが、中身がぽんこつすぎて陰で残念王子と呼ばれているのは本人だけが知らぬことだろう。


「……仰っている意味が分かりませんが」


「今更言い逃れか?貴様は我が弟であるシシナと密通しているであろう!先日、お前が王宮の弟の部屋で朝まで過ごしていたことは分かっているのだ!王族と婚約しておきながら他の王族を誑かすなど国家反逆罪に問われてもおかしくない行為だ!」


「……」


「ふっ、もう反論も言えぬか?」


 言えないのは貴方の頭の残念さに呆れてです。


 思わず口に出しかけて扇を開いて隠す。

 ああもう、どこから説明してさしあげたらよいのでしょうか。

 そもそもどうして皆の門出である卒業パーティーで騒ぎを起こしてしまうのでしょう……本年度の卒業者には留学中の他国の王侯貴族もいらっしゃいますのに。

 どうしてこの人はここまで……ぐるぐると立ち止まったまま考えをめぐらすルーテナーに対しシスナは勝ち誇った笑みを浮かべて自分の後ろ側にいる衛兵へと合図を送る。


 広間は静まったまま、誰も動かない。


 そう、誰も動かない。


「おい!!貴様ら、私が合図しているのだぞ!ルーテナーを捕らえろ!」


 シスナがどれだけ叫ぼうとも衛兵は困惑した表情のままだ。

 当たり前ともいえる。

 証拠もない上に、根回しもしていないのなら困惑するしかないだろう。

 相手は犯罪者でもなんでもなく、公爵令嬢なのだから。


「くそ!この役立たずどもめ!!」


「彼らは役立たずではないよ、兄上」


 その声はルーテナーの後ろ側から聞こえた。

 ルーテナーの淡い桃色の髪が揺れ、一歩横にズレる。

 そうして見えたのはシスナとそっくりな顔をした第二王子だった。

 居た場所を見る限り寄って来たわけではなく、ずっとそこに居たことは明白で、シスナは我が意を得たりと言わんばかりの笑みを顔面にのせる。


「はっ!卒業パーティーですら寄り添っているとはな!!それは密通してる証拠にしかならんぞ!ふふ、もしかしてシシナ、貴様は私に嫉妬でもしてそれを奪い取ったのか?そうまでしても貴様は王太子になれぬというのにな!」


「密通はしてないよ」


 凛とした声が喚き声を押さえつける。


「それと、彼女は僕のれっきとした婚約者だ」


 そう言いながらルーテナーの腰を引いてシシナは密着する。

 突然のことに一瞬慌てたルーテナーだったが、かろうじて扇で口元を隠して背筋を伸ばしつつシシナに寄り添う。ただし、隠しきれなかった耳だけは真っ赤だ。


「……は?」


「腑抜けた声を出さないでください兄上。もう一度言いましょうか?私、シシナ・ティスリル・オーラルとルーテナー・カシュナッティ嬢は正真正銘、国王に認められた婚約を結んでいます」


 ですから、兄上とはどう頑張っても婚約破棄はできませんね。


 にこり、シシナはほほ笑んだ。

 広間にいる人々がうっとりする程の微笑みに、そこかしこでほう…と息が漏れる。言葉を受けたシスナはというと、現実がまったく飲み込めていないのか顔を赤くしたり青くしたりと大忙しだ。

 ぱくぱくと言葉も出さずに開閉される口を見ながら、シシナはゆっくり言の刃を差し出す。


「先日、私の部屋で彼女が朝まで過ごしたと言っていたけれど、そんな事実はないですよ。リュリューゼがどうしても彼女と過ごしたいと聞かなかったから、許可を頂いてリュリューゼの部屋にはお泊りしていたけどね。それをどう勘違いしたらそうなるのか理解に苦しむけれども……お疑いになるなら父上に聞いてみるといい」


 リュリューゼは二人の五歳下の妹であり第一王女だ。

 王妃教育の空き時間を見計らってはルーテナーの元へやってくるほど懐いており、それもあって第一王女の私室への宿泊を国王夫妻も容認したらしい。

 むしろ王妃も部屋へやってきた上、寂しがった国王までやってきてわいわいしていたのはシシナにも内緒である。


「な……な……そんなわけがあるか!そそそそれに公爵令嬢との婚約なのだぞ!!それならば、第一王子である私と結ばれているのが当たり前だ!王太子だぞ!!」


「我が国では嫡男が必ずしも継ぐわけではないことをご理解されていないようですね。学園に入るまでは各々の家での振る舞い、学園に入ってからは学園での振る舞いを見て決められます。もちろん後継ぎ側にも拒否権は認められていますが、私は拒否しませんでしたので」


「……は?いや、その言い方だと、お前が」


「兄上は自らの振る舞いを省みられたことはございますか。勉学にも武芸にも励むことなく途中で投げ出し、気に入らない周囲の者にはすぐに暇を出し、自分の言葉に頷く者のみを傍に置く。そのような振る舞いをしているのに王となった際に民の生活を支えていけると思ったのですか?」


「な、なぜ、支えねばならぬのだ!王族を支えてこその民であろう!」


「ははは、そんな前時代的な考えを言い出すとは兄上は本当に……」


 愚鈍ですね、という言葉は音を成さずに空気だけを揺らした。


 真っ青になって血の気が無くなってしまっているシスナを一瞥した後、シシナは衛兵の方をちらりと見る。すると衛兵陣はそれまで固まって動かなかったのが嘘のようにシスナを風のごとく広間の外へと連れて行く。

 ざわめきが漣のように立って消えた後、シシナは何事もなかったように微笑んだ。

 その微笑みに空気が少しだけ緩んだところでパンと手を叩き、


「さあ、卒業パーティーを開始しようか」


 改めて仕切り直しをするその言葉で広間に賑やさをもたらした。







 その後、シスナ殿下は臣籍降下となり公爵の地位を賜ったものの、領地は与えられずに幽閉状態と変わらぬ処遇となったそうだ。

 この卒業パーティーでの態度がなければ、婿入り先の婚約者候補とお見合いを予定されていたそうだが、騒ぎの後すぐに婚約者候補の家から軒並み拒否を頂いてお話自体なかった事になったという。

さっと読める系の婚約破棄話。

迷いましたがとりあえず異世界恋愛を選択してます。

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

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