N1 迷惑な男
今回はヒロイン視点です
「今日は良い天気ね。まさに洗濯日和だわ」
女は大きく伸びをした。大きく空気を肺に取り込み、それをまた大きく吐き出す。
強過ぎるのではないかと言わんばかりの日差しのを浴び、女の髪が美しく輝く。
奇麗な白身かかった金色で腰まである長い髪だ。背中の辺りで結んでいる。
右手には洗濯物が入ったカゴを持ち、エプロンを着ている。町中を歩けば振り向いてくれる人が何人かいそうな美しさだ。
ただ残念な事にツギハギだらけの服で、化粧もしていなくみずぼらしい。
薄くでも化粧し、それなりの服を着せればお嬢様の完成なだけに残念美女だ。
そんな彼女が海辺に来ていた。
家で手洗いした洗濯物を外で干す為にだ。
洗濯機という便利な物があるご時世にご苦労な事だ。
ザザ~ンっ!
波の音共に潮の香がする。その匂いを満喫していた。
「ん?」
だが女は妙な違和感を感じた。彼女の嗅覚は仕事柄、人より少し良い。
潮の香に混ざった別の匂いを嗅ぎ取っていた。
「……生臭い」
その正体は浜辺で倒れる男のものだった。
「ちょっとあんた!確りして」
女が洗濯篭と洗濯板を放り出して駆け寄る。
「うわ!酷い怪我」
あからさまに嫌そうな顔をした。
生きてるのが不思議なくらい男は全身傷だらけなのだ。
「こんなとこで放置するのもなんだし持って帰るか……は~」
溜息一つ溢した。
・・・・・・・・・・・・
「ぅ……んん」
男がうなされている。
どんな夢を見てるのかしら?
というか、こんな大怪我で何があったのよ。
全く面倒ったらありゃしない。
それでも海辺で傷だらけで倒れていたら、ほっとけないじゃない。
仕方無くあたいのベッドに寝かせ治療をしてあげた。
でも、これって治療って言えるのかしら?
はたから見たら全身包帯グルグル巻きにしただけって感じ。
つまり、それだけ重症なの。
ミイラ男になるくらい。
お陰でストックの包帯切れちゃったじゃない。
それにしてもこの男は何者なんだろう……?
スラっとした体付き。
だというのに引き締まった筋肉。
無駄無くバランス良く付いていた。
一体どういう鍛え方したんだか。
そして気になるのは、左手の薬指。
指輪が光る。
誰か待ってる人がいるんじゃない?
そう思った。
彼の所持品はこれだけ。
顔は傷だらけで、良くわからないが、髪は耳が隠れるくらい。
グレーという変わった色。
というか、こいつ自分で髪切ってるな。
かなりバラ付いてる。
まぁあたいも人の事言えないが……。
「ふ~」
椅子に腰を掛け、一息付いた。
あれから六時間が経過。
せっかくの洗濯日和だったのに、これじゃ洗いに行けないじゃない。
胸中愚痴りながら肩を叩く。
長時間コイツの相手していたから流石に疲れた。
とりあえずは一通りの治療は終わった。
となると次は買い出しだ。
包帯は切れたし、何よりも朝から何も口にしていない。
疲れ切った身体に鞭を入れ、立ち上がった。
あたいの家は、海辺にポツンとある。
町は北に一時間と離れた場所にあった。
外に出れば魔物に襲われる危険があるので、好き好んで人里離れて暮らす者は少ない。
あたいは俗に言う変わり者だのだ。
北にある港町ニールに向かうあたいは当然ながら魔物に襲われる事がある。
そんな時はどうするかって?
ふふ~ん。
特製の秘薬をバラまくのさ。ドヤぁ~
どんな秘薬かって?
それはいずれ・・・・・ともかく、魔物は秘薬に飛び付き、あたいには危害を加えて来ないのさ。
町に到着すると、とある噂で持ち切りだった。
最近行くとこ行くとこ同じ話を聞く。
なんでもラフラカが倒れたとか。
たった11人で、ラフラカの城に乗り込み、そのラフラカを倒して、城を崩壊させたらしい。
ラフラカとは魔導の力で世界を破壊させようとした奴。
世界崩壊まで行かないにしろ、このユピテル大陸は崩壊寸前まで追い詰められた。
全く良い迷惑さ。
そう言えばあの男が11人の一人だったのかな?
だから、あんな傷だらけだったのか・・・・・って考え過ぎか。
あたいは必要な物を全て買い揃え、家に帰った。
日が沈み辺りは静寂の闇が支配していた。
時々聞こえてくるのは、魔物の遠吠え。
男はベッドから一切動いていない。
あの傷だ、当然かな。
ただシーツが真っ赤に染まっていた。
確り替えのシーツを買って来ていたが、これを目の当たりにしては、あまり良い気分はしない。
溜息を付き、男をベッドから降ろしシーツを取り替えた。
あたいも一応女だ。
成人男性を移動させるのは、かなりしんどい。
休み休み作業を行った。
このまま戻したら、またシーツが赤く染まってしまうので包帯も替える。
一通り作業をすると天井からカーテンレールを吊らしベッドをカーテンで囲む。
あたいも女である以上、人並みの恥じらいはある。
意識はないとわかっていても男性の前でどうどうと着替えるのは気が引ける。
しかしカーテンを張ったのは良いが、着替える事はしなかった。
いや、できなかった。
気付くとあたいの意識は闇に呑まれていた。
流石に身体が限界みたい。
海辺から男を運び、長時間に及ぶ治療、往復二時間の買い出し、シーツや包帯の替え、そしてカーテンの取り付け。
ヘトヘトで倒れてしまった。
せっかく買って来た食べ物も無駄になる有様。
全く迷惑な話だ。