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四字熟語を物語で覚える ~天涯孤独~

帰宅したのは深夜3時。

深く息を吐きソファに倒れこむと、そのまま眠ってしまった。


彼の名前は桜庭晴仁。

一般企業に勤める31歳独身のサラリーマン。

人が良く、職場でも彼の悪口を言っている話を聞いたことがない。

ただ、学生時代から一人でいることが好きで、友人ともなると片手に収まるくらいしかいなかった。

その中でも、信二とは小学校からの親友であり、晴仁にとっても唯一素を見せられる存在であった。

晴仁は一人っ子であり、母親を数年前ガンにより亡くし、父もそのショックで近頃は体調を崩して入院している。



ある日、プロ野球を見ながら晩酌を嗜んでいると、一通の電話がかかってきた。


「桜庭晴仁さんの携帯で間違いないでしょうか。こちらは〇〇金融の加藤です。戸川さんの件でお話がありまして~」


戸川とは親友である信二のことである。


「戸川さんがですね、借りていたお金を持ち逃げしまして~。居所がわからないんですよ。連帯保証人である桜庭さんならと思って、ご連絡をさせていただいた次第です。」


丁寧な口調とは裏腹に、晴仁にはあまり信じられない事実ばかりが電話口から聞こえてくる。

まさか信二が持ち逃げなんてするはずないよな・・・・・・。

恐る恐る携帯をタップし、信二に電話を掛けた。


(おかけになった電話は、現在使われておりません。)


無感情な定型文に、冷や汗と悪寒が止まらない。

もう一度電話をしたが、変わらず無感情な定型文が耳を打つ。


20年以上連れ添った親友にこんな形で裏切られるとは考えもしなかった晴仁は、ひとまずネットで連帯保証人について調べてみた。

連帯保証人は主債務者が返金できる能力があっても、貸金業者からの返済要求を拒めないと記載されていた。

ということは、このまま信二が姿を現さなければ、信二の借金を全額返済しなければならないということだ。


信二が金を借りるときに連帯保証人についてはしっかりと調べることをしなかった晴仁。

なぜなら信二が持ち逃げするとはつゆとも思わなかったからだ。

借金問題でよく聞く連帯保証人。こいつは大丈夫だろうが晴仁にとっては命取りだったのだ。


逃げよう。借用書には晴仁の住所もしっかりと記載している。ここにいるときっと加藤が来るはずだ。


その予想が的中したのか、荷物をまとめているとインターホンが鳴った。

モニターを見ると、そこには見たこともない黒ずくめの男が立っていた。

逃げ道を塞がれた晴仁は、観念しゆっくりとドアを開けた。


黒ずくめの男は深くお辞儀をし、胸元から名刺を取り、晴仁に差し出した。

名刺には予想通り「加藤」という名前が書かれていた。


「桜庭さん、今逃げようと考えていましたか?まあそうなりますよね。ということは戸川さんには連絡取れなかったんですね。」


少し苦笑いした口元に、かわいそうな人を見る目が晴仁には突き刺さる。

ただ晴仁にとってこの加藤という人物はそれほど悪そうな人には見えなかったため、家の中で詳しい話を聞くことにした。


「いやー、桜庭さんほんとついてないですよ。あんなやつの連帯保証人になるなんてね。」


客人用の座布団に座ると、加藤はこういった。


「あの金、何に使ったか知ってます?たぶん知らないでしょうけど。」


信二が借りたのは700万円だったはず。使い道は何やら新しい事業にチャレンジするとのことで、その起業資金として借りたと聞いていた。

そう伝えると、


「やっぱりそうっすよね。ほんとのことは言ってないに決まってますよね。桜庭さんは典型的な騙されパターンのやつですよ。」


軽口で加藤は桜庭に同情の言葉をかける。


「やつはね、借りた金全部ギャンブルで掏ったんですよ。つまり、起業の話なんてなかったってことです。」


信二がギャンブルをやっていた話なんて聞いたこともなかったし、学生時代もどちらかというとお金には厳しいタイプで、100円であっても後日返済を求めるタイプであった。

そういうときには必ず「金の切れ目は縁の切れ目だからな」と言っていたのを思い出した。

貯金もコツコツするタイプだったし、ましてやギャンブルに手を出すタイプじゃなかった。


連帯保証人になってからも何度も連絡をやりとりし、最後に残っていたのは2日前に会社のホームページができたという内容で、URLとともに喜びを伝えてきたものだった。

加藤の言う信二と自分がこれまで親友として付き合ってきた信二が乖離しすぎており、理解が追いつかない。


信二は本当にギャンブルで負けたから借金を持ち逃げしたんですか?と尋ねると、


「では、その信二君と連絡が取れない事実はどう説明できますか?」


と返された。


電源が切られているならともかく、携帯が使われていないということはこれまでに経験がない。

どんな些細なことでも相談してきた彼が、晴仁に伝えることなく携帯を変えるということなんて考えられなかった。


晴仁の呆然した姿に加藤は冷静な口調で追い込む。

「えーっと、戸川さんが借りた金額は7,000万円です。この金額をあなたに返済してもらいたいという話をしにきました。」


7,000万円!?

信二から伝えられていたのは700万円だ、あまりにも額が違いすぎる。

それは何かの間違いではないかと問うと、加藤は用意していた借用書をテーブルの上に置いた。


そこには7,000万円という数字と、間違いなく晴仁本人が書いた連帯保証人の項目があった。

信二を信用するがゆえに、借りる金額の最終確認をしなかったのだ。


7,000万円という莫大な金額に圧倒され、これ以降加藤からの話はまったく頭に入ってこなかった。



ひとまず状況を整理するために、一度加藤には帰ってもらうことにした。


「桜庭さん、逃げようだなんて思わないでくださいね。戸川も探しますが、我々はずっとあなたを見ていますよ。」


最後に加藤はそう言い残した。


31歳にして7,000万円の借金を背負うことになった晴仁。

頭の切り替えができていなかったが、とりあえず信二の実家に連絡をすることにした。


かからない。

何度かけてもかかることなかった。ダメもとで信二にも何度もかけたが、電話がつながることは一度もなかった。


加藤が帰ってからしばらくすると、晴仁に加藤から電話がかかってきた。


「あー、桜庭さん。戸川の実家ですが、荷物が丸々なくなってて、おそらく夜逃げをしたんだと思いますねー。確認する手間を省こうと思いまして、お伝えしておきました。」


そうと伝えると電話を切った。


もう逃げる道は何一つ残っていない。

晴仁には残された人生、借金を返すだけに費やさねばならなくなってしまった。



絶望した晴仁であったが、そのような状況でも決して下を向くことはなかった。


今の会社に勤めながらもお金を稼ぐ方法を探さなければならないと頭はそう切り替えたのだ。

通勤時間を含めて、7時半~19時までは今の会社にいることを考えると、残りの時間をでできる仕事を片っ端から探し電話をかけた。


裏切られたにも関わらず、心のどこかでは「どこかのタイミングで信二が現れるかもしれない」という薄い期待をしていたのだろう。

それほどまでに信二という存在は晴仁にとって大切な存在だったのだ。

だからこそ連帯保証人にもなったのだ。彼の助けになれるなら、という一心で。



早朝バイトとして工事現場を、深夜バイトにはコンビニやバーを選択した。

毎日深夜4時に寝て、5時半に起きて工事現場へ行くという生活が約1か月半続いた。



晴仁の不運はこれでは終わらなかった。

この日会社での仕事を終えた晴仁は、次のコンビニバイトまでの時間に少しだけ仮眠をとろうとしていた。

すると、突然電話が鳴りだした。


中央総合病院。父親が入院している病院だ。

この1か月半ろくに父親には会うことはできていなかったが、心のどこかで「大丈夫だろう」と思っていた晴仁。

その予想とは裏腹に、父親の訃報が耳に飛び込んできたのだ。



突然の訃報に呆然とする晴仁。

母を失い、親友を失い、唯一の身寄りである父をも失った。

まさに天涯孤独といえる晴仁は、この先どう人生を再構築していくのだろうか。


今回は「天涯孤独」という四字熟語をモチーフとしました。

意味は「身寄りが全くなく、ひとりぼっちであるさま」というものです。


この四字熟語は、漢字検定2級に出題される範囲の言葉です。

文字からイメージをつかめるとも思いますが、もの悲しいストーリーと合わせるとより理解が深まるかなと思いました。

四字熟語を勉強するにあたって、いろいろとストーリーを思い浮かべながらイメージで取り入れると、日常生活でも役に立つのではないでしょうか。

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