タイムマシンの悪夢
男は、機内から、降りた。
その先にはコンクリート。頭上を見上げると、白い建造物がいくつも立ち上っていた。
「な、もうこんな風に、なるのか」
未来に来た彼は、目の前の光景に、少し、戸惑っていた。彼が設定したのは10年後の未来だ。たった10年で、こんなにも、街並みが、変化するとは思っていなかったのだろう。
辺りを見渡してみたが、人影は見当たらなかった。
そびえ立つ高層ビルはあるのに、どこにも、人が見当たらないのは、おかしいなと、感じていた。
研究者の端くれとして、なんらかの有益な結果を持って帰らないといけない。少し怖いと感じながらも、丸みを帯びた大型の建物に入ってみることにした。
入る時は、自動ドアだった。天井には、いたるところにカメラのような物が設置されている。
「人が、監視しているのだろうか?」
そんなつぶやきは、空間を震わせるだけで、誰も答えてはくれない。歩いていく内に、ここはショッピングモールだとわかった。新鮮な食材が、所狭しと陳列された棚があった。しかし、肝心のお客さんはいなかった。レジには監視カメラがあった。しかし、バーコードを読み取るレジ係の人は、いなかった。
「どうやって買うんだよ」
わけがわからず、上の階に向かった。
エレベーターにも、監視カメラのような物があった。最上階に着いた。フロア名は、管理室(関係者以外立ち入り禁止)と記されてあった。それと気づかないで、入っていくと、ギィと何かが擦れるような音が聞こえた。
「お客様」
薄暗い部屋の中で、何かが声をかける。無機質のギィという音が、だんだんと、男に近づいていく。
「な、なんだ。なんなんだここは?」
「お客様。ここは」
男の視界から徐々に声の主が露わになった。二本足でゆっくり歩いてる。ギィという音は、歩行の時に、関節部分が擦れることが原因でおきるみたいだ。
「…ですよ」
「なんだ。人がいるのか? なら話しは早い。この世界の現状について、詳しく教えてくれないか?」
話しは、通じあわなかった。一向に迫ってくる足音。だんだんと、距離が狭まってくる。
そして、全貌が露わになった。
「お客様。ここは人間のくる世界ではないですよ」
目が、動いていなかった。否、全身が、固定されて、ぎこちなく、まるで『生きていない』みたいだった。
「…アンドロイド」
彼には、信じられないことだった。たかが10年で、こんなにも、科学が発展するとは思っていなかった。
「いや、違うのか。科学は発展していたが、これを大々的に公表していなかっただけか」
知らない方が、有益なこともある。この世界では、金銭の取引が、人を動かす。研究者にとって、研究成果が、そのままお金になるわけではなかった。
研究とは、金儲けにとって無駄な発見の連続。そのことを、男は理解していた。無駄に、時間と費用がかかり、研究が成功しても、世に公になるには、相当の、金銭を動かす力がなければならない。
「お客様。ここは、もう、人間はいません。お客様は、お帰りください」
「な、なんで、帰らないといけない?」
「お客様は、みんな過去に戻りました。お客様は、この世界のことを、捨てたのです」
「もしかして…タイムマシンで、とか?」
「はい。だから。お客様も、私たちを捨てて、お帰りください」
男は、この世界のことを理解した。タイムマシンの完成によって、人々は、思い通りの世界に行ったまま、帰ってこなくなったのだ。一人で行ったわけではない。人々は、家族と一緒に、恋人と一緒に、友人と一緒に、世界を『乗り換えた』のだ。
それが連鎖し、人々は各々好きな世界に住むようになった。これは、この世界の結末だ。
「お客様。本日は、ご来店いただき、誠にありがとうございました」
ズゥ…バン‼ ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド‼
男は、無駄な世界を、おいて、10年前の元の世界に戻った。結果をなんて、報告したものか悩んだ。
それを報告することは、職を失うことになる。
これ以上、研究を続けるなとは、男には、言う勇気がなかった。悪夢のような世界に、代替えきくタイムマシン。未来には不安を残し、彼らは希望の過去に向かう。