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3/4

3/4 決戦

 なんだ、この気持ちは。彼は動揺した。

 戦線に立つようになってから今の今まで、これほどの恐怖を味わったことは他になかった。


「私の手紙は……ここに来る前に送った一枚の手紙は、読んでもらえたかな、『狂戦士』」


 よろよろと立ち上がりながら、サクラは露出した右手を前にする。


「あの手紙に書いたことのままだよ。『新月の夜、貴方の宝物を奪いに来ます』。私はそのためにここに来たのさ」


 ジュン=ニビは手紙の内容を思い出す。

 確かにそんなことが書かれていた。

 だが、ジュン=ニビは内容については深く考えたことはなかったのだ。

 何しろ、『盗賊』を名乗りながら一度として盗みを働く姿を見せなかった彼女のことである。

 『盗賊』らしさを演出するための、単なる演出だと思っていたのだ。

 だが、彼女の様子を見る限り、どうやらそういうことではないらしい。


「待て。立ち上がるな。近づくな『盗賊』」


 慌てるジュン=ニビの様子を見て、サクラはおかしそうに微笑んだ。


「おや、やはり勇敢な君でもこの『手』は怖いか。それとも、君だからこそ怖いのかな?」


 図星だった。

 どういうわけか知らないが、あの手を見た瞬間、ジュン=ニビは悪寒が止まらなくなった。

 根源的な恐怖に思えた。

 今までに感じたことがない恐怖だった。


「なんだ、それは。てめえ、今の今まで何を隠し持っていやがった! 怪物との戦線は、手抜きだったって言うのかぁ!?」


 吠えたけるジュン=ニビ。

 サクラは首を横に振った。


「まさか。私は本気で戦っていたよ。力の温存だって、一度もしていない」


 サクラは平坦な声音でそう言う。

 ジュン=ニビには、彼女の言葉が嘘であるようには到底思えなかった。

 だからこそ尚更、その右手の正体が分からなくて恐ろしい。


「だったら……だったらお前の、そのおぞましい右手はなんだと言うんだ!」

「なあ、『狂戦士』。『天才ジーニアス』の特徴って、なんだと思う?」


 ふいに、サクラが問いかける。

 いきなりの質問に、ジュン=ニビは困惑したまま押し黙った。

 どういう答えを返すのが適切か、想像できなかったからである。


「高い身体能力か、勇敢な精神か。いいや、どちらも違うね。『天才ジーニアス』と呼ばれた私達の共通点は、『他人に出来ないことができた』という一点に尽きる」


 一歩、ジュン=ニビに近づくサクラ。


「『聖女』は、人を癒やしてあらゆる傷を消し去ることができた。『騎士』は光り輝く鎧と槍を生成して、怪物を存在レベルで抹消することができた」


 一歩、また一歩。


「『勇者』は何度殺されても自力で蘇ることができた。『魔法使い』は炎や雷を自由に操ることができた」


 近づくほどに、ジュン=ニビはおぞましい悪寒を抑えることができなくなっていく。

 やはりあの右手、間違いなく何かがある。

 それが何なのか分からないのが、何より怖い。


「『暗殺者』は暗闇と同化して、怪物の目をかいくぐることができたし……『狂戦士』たる君は、そうやって怒りを力に変えて、肉体を強化することができた」


 たまらなくなって、ジュン=ニビは叫んだ。


「それ以上近づくな! そこに立ち止まれ、サクラ!」


 サクラは返答せずに足を止めた。

 そして自分の話を続けた。


「だが、私はどうだ? ジュン=ニビ。たびたび戦線を共にしてきた君は、知っているはずだ。私が一度でも、そういった不思議な力を使ったことがあったかい?」


 ジュン=ニビは、彼女との戦線を想起する。

 思えば『他人にできないこと』を彼女がやっている様は、一度も見たことがないかもしれない。


 言われてみれば、かつての戦いで彼女が果たしてきた役割は、ある意味誰にでもできることだった。

 怪物と怪物の間を縫って、奴らを攪乱するということも。

 その器用な手先を利用してちょっとした罠を作り、怪物たちを足止めするということも。


 一定以上の身体能力が必要とはいえ――――決して唯一無二ではない。


「使ったことがないから……なんだと言うんだ。別にそういう力を持っていなかったからと言って、お前は……」

「いいや、持っていなかったんじゃない。隠していたんだよ、ジュン=ニビ。もっと厳密に言うと、使う機会がなかったという方が適切だけどね」


 少し照れくさそうにサクラは頬を掻いた。


「私はね、ジュン=ニビ。君たち『天才』を尊敬しているのだよ」

「は……?」


 唐突な話題転換に、ジュン=ニビは混乱する。

 彼には、彼女が何を言おうとしているのか分からない。


「君たちは本当に素晴らしい。人に真似できない才能があって、それを世のため人の為に役立ててきた」

「それは……確かに、そうかもしれないが……お前だって同じだろう、サクラ!」

「いいや、私だけは違う。あの百人の『天才ジーニアス』の中にあって……私だけは劣等なのだよ、ジュン=ニビ」


 そう言って、彼女は右手を振るった。

 指先から、銀の雫がこぼれ落ちるような錯覚をした。

 同時にジュン=ニビの背中を、おぞましい寒気が走り抜けた。


「ゼロサムなんだよ、私の才能ちからは。世界全体にとっては、何の役にも立たないゴミ以下の力さ」


 なんだ。一体サクラは、何をしようとしているんだ。


「そもそも私は、この力が嫌いだった。これを振るうということは、大好きな人の大好きなところを全否定するに等しいからね」


 全否定? 何を言っているんだ。どういうことなんだ。


「だがこんな力でも、今この場ではとても役に立つ。君を救うためにはこれしかないんだ、分かってくれジュン=ニビ」

「やめろ。すぐにその手をしまえ。手袋を付け直せ。そしてこれ以上俺に――――」

「私は君を助けたいんだ」

「俺に近づくんじゃねえっっ!!」


 再度、ジュン=ニビの雷鳴のような銅鑼声。

 次の瞬間、部屋のあちこちから煙が湧き上がった。


「!?」


 煙幕は瞬く間に、ジュン=ニビの視界を覆っていく。

 これは――――この煙は。

 ジュン=ニビには覚えがあった。

 これはサクラが怪物との戦いで多用していた手製の煙幕だ。

 これのおかげで、ジュン=ニビも何度か窮地を救われていた。


 だが、今はそんな感傷に浸っている余裕はない。

 今この煙幕は、自分を『無力化』するなどというふざけた目的の為に使用されている。

 この煙に紛れて、サクラは自分の元へ近づこうとしているのだ。

 それを許すわけにはいかない。是が非でも。


「うっ……うああああああああっっ!!」


 窮したジュン=ニビは、両手両足を激しく動かすことで、サクラを迎撃しようと試みた。

 一触でもすれば、貧弱なサクラの体は自分のパワーに押し負けて吹っ飛んでいく。

 間違いなく近づいてこようとするはずだし、前が見えていないのは向こうも同じ。

 だったらこうすれば当たるはずだ! と考えたのだ。

 短絡的な発想だが、実際悪いアイデアではなかった。


「おおおおおおおお!!!」


 相手が『盗賊』サクラ=イシカワでさえなければ。


「おおおおおおばああああああ!!」


 巨躯から放たれる超重量級の連撃は、砲兵部隊の集中砲火の威力を軽々と上回る。

 並の人間ならば、粉微塵に消し飛んで死んでしまうだろう。

 平均的に高い身体能力を持つ『天才ジーニアス』ですら、殆どが致命傷を負うに違いない。

 また、その巨躯に見合わず動きは俊敏で緻密。


「でらああああああああ!!!」


 近づこうにも、一瞬一秒の隙すらない。

 ないはずなのに、振り続けた拳は一向に標的を捉えない。

 困惑したジュン=ニビだったが、手を休めるわけにはいかなかった。

 その隙を突かれて近づかれるほど、間抜けなこともないからだ。


「あばらしゃあああああああ!! ほあ、ああああああああ!!」


 圧倒的腕力から放たれるシャドーボクシングの応酬は、その場に恐るべき嵐をもたらす。

 直接攻撃とは無縁の、単なる風圧が一種の破壊力を持って屋内を荒らす。

 その風の前には、煙幕など全くの無力であり。


 およそ三分ほど続いた拳撃の応酬のあと、ジュン=ニビの視界を覆っていた煙幕はすっかり晴れてしまって、彼の視界は再び開ける。

 そして彼は、サクラが最初にいた位置と全く変わらない場所に微動だにせず立ち続けていたことに気付いたのだ。


「なっ……!?」

「煙幕を張れば、君ならそう動くと思っていた。だから私は動かずに、君の疲弊を待つことにしたのさ」


 やられた。そう思う暇もなく、サクラは一瞬で距離を詰める。


「このっ……」

「私は君たちのことを尊敬していた。君たち『天才ジーニアス』のことが大好きだった」


 反撃に出ようとしたジュン=ニビだったが、疲労から一歩動きが遅れる。

 そしてその一歩が致命的だった。

 身軽なサクラは、神速で振り下ろされるジュン=ニビの鉄拳を羽根のように躱す。


「なっ……!」

「だから誰よりも見てきたし、誰よりもよく知っているのさ。君たちの行動パターンというものをね」


 サクラは跳躍して、ジュン=ニビの胸元に彼女の右手を押し当てる。


 ぞわり。

 今までに感じたことのないほどの寒気が、ジュン=ニビの全身を殺す勢いで走り抜けた。

 それだけで死ねるほどに冷たかった。


「や、やめ……」

「お別れだ。『狂戦士』」


 次の瞬間、サクラの右腕が僅かに透明になって。

 指先から肘のあたりまでずっぽりと、ジュン=ニビの胸に突き刺さった。

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