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「なんだって……?」


 困惑。疑念。恐怖。

 渦巻く感情を、整理できないままでいるジュン=ニビ。


「私の予想が正しければだが、君は近々、帝国に対して乱を起こそうと考えていたんじゃないかな?」


 間髪入れずサクラが問いを投げる。

 図星だった。

 ここ一年、ちっとも良い思いができなかったジュン=ニビは、世界を自分の都合の良い様に作り替えるために、反乱を起こそうかと画策していたのだ。

 仲間はいない。だが彼なら出来る。

 何故なら彼は『狂戦士』の『天才ジーニアス』。

 その才能を遺憾なく発揮すれば、たった一人で常人の軍団一つに匹敵できる力を発揮できるのだから。


「そ、それは……」


 言葉を失い硬直するジュン=ニビ。

 確信を得たサクラは追及を続ける。


「どうやら私の読みは正しかったようだ。君がことを起こす前に、私の方で見つけられて良かったよ」


 安堵と諦観を含んだ一呼吸。


「いいかい。君は確かに天才だ。天才的な狂戦士だ。並みの軍団では君を殺すことはできないだろう」


 心からの賞賛だった。

 サクラが本心から言っているのが怒りでふくれ上がったジュン=ニビにも良く分かった。


「だが、君を相手する帝国側にも多数の『天才ジーニアス』がいることを思い出して欲しい」


 それだけにかえって苦痛な諫言だった。


「彼ら複数を相手にすれば、君の強さをもってしてもひとたまりもないだろう」


 ジュン=ニビにとっては、聞きたくもないことだった。


「かつての英雄が反逆者として殺されていく様を、私は見たくない」

「うるさい、うるさいうるさいうるさい! 黙れ、サクラ!」


 一時は萎んでいたジュン=ニビの体が、再び最大値を求めて膨らみ始める。


「確かに、俺一人の力では帝国に靡いた屑共を殺しきるには足らないかもしれねえ、だが!」


 植え付けられた不安を払拭するように、ジュン=ニビは大声を張り上げた。


「だが、同じように不満を抱えている『天才ジーニアス』は、俺一人ではないはずだ!」


 ジュン=ニビには確信があった。

 サクラも頷いた。

 ほぼ間違いはないだろう。

 百人の『天才ジーニアス』のうち、戦いで戦死したのが二十名余り。

 生き残った八十名のうち、成功したと言えるのはジュン=ニビの知る限り三十名ほど。

 残りの五十名は、平和になった世界を必ずしも喜んではいない。


「体制が恐ろしくて立ち上がれないなら、俺がその先陣を切る嚆矢となるぜ!」


 肥大化しすぎたジュン=ニビの体が、廃屋の天井を突き破る。


ひとりが動けば、必ず次も動く! 一度流れができあがれば、体制派にはもうそれを止める事はできねえ!」


 ジュン=ニビが以前にここまで肥大化したのは、四年前まで遡る。

 それはまだ『天才ジーニアス』が対怪物戦線を蜂起したばかりの頃。

 まだ彼がその戦列に加わっていなかった頃のこと。


 彼がかつて住んでいた村が怪物によって蹂躙された。

 婚約していた幼馴染みを含めた村人全員が殺された。

 彼だけが生き残った。

 彼は自らの無力さを嘆き、そして怪物への強い怒りを抱いた。

 今と全く同じ姿にまで成長した彼は、数百からなる異形の化け物共を僅か半刻で全滅せしめた。


 彼はその後『天才ジーニアス』の一団に拾われ、その仲間の一人となったが、ここまで肥大したことはただの一度もなかった。

 最高潮の怒りを具現化するためには、それだけ生の激昂が必要だからだ。

 つまり今彼は、家族や友人を全て奪われた夜と同じだけの怒りを、ただ冷遇されたからという理由で抱いているのだ。

 これを魂の退廃と言わずして、なんと言おうか。


「迫害されてきた『天才ジーニアス』が立ち上がり、今帝国を支配している邪悪な連中を討ち滅ぼすんだ!」


 サクラは悲しそうな表情をした。


「俺一人では不可能かもしれねえが、その後に続く者がいれば、やってやれないことはねえぞ!」


 ジュン=ニビはそれに気付かなかった。


「……討ち滅ぼす、か。それは体制派の天才ジーニアスをかい? それとも、一般国民を含めた帝国そのものを、かい?」


 問いかけに対して、吠えるようなうなり声で応える。


「両方ともだ! かつての盟友をないがしろにする体制派も、俺たちが救ってやったのに舐めてかかる一般国民も、どちらも許しがたい存在だ!」


 ジュン=ニビの心は最早、完全に怒りで支配されていた。

 たった一年冷遇されてきただけで、ここまで心が変わるものか。

 ここまで心が朽ち果てるものか。

 当のジュン=ニビ自身は、自らの心の退廃に気付いていなかった。


「そうかい。それが君の結論か、『狂戦士』」


 サクラは物憂げに首を振った。


「残念だ。実に残念だよジュン=ニビ。だったら私は、君のことを止めなくっちゃならない」


 彼女は羽織っていたコートを勢いよく脱ぎ捨てる。

 中から現れたのは、そのスリムな体型によく似合うカッターシャツとチョッキ、そして革のズボンの姿。

 カジュアルな装いだが、これが彼女の戦闘装束だった。

 数年間、彼女は常にこの格好で戦場を飛び回っていた。


「止める!? お前が一体何をするつもりだと言うんだ!?」


 ジュン=ニビは、サクラの戦場での立ち振る舞いを何度か見てきた。

 『盗賊』を名乗る彼女がやってきたことは、主にその俊敏さと器用さを活かした怪物たちの攪乱行為。

 いわゆる陽動だ。

 破壊力において劣る彼女では、怪物を傷つけられない。 

 だから直接攻撃は、専らジュン=ニビのような破壊に優れた『天才ジーニアス』に一任していた。


「お前では、俺を傷つけることはできねえだろうが!」


 そしてジュン=ニビの防御力は、サクラが傷一つつけられないでいた怪物のそれを大いに上回る。

 当然、サクラがジュン=ニビに襲いかかったとして、ジュン=ニビが無抵抗だったとしても。

 彼を殺すことは敵わないのだ。

 それは彼女が武器を持っていたとしても同じ。

 最大まで成長した赤い筋肉は、鋼鉄の刃をも跳ね返す。


「邪魔するのなら、てめえからぶっ殺すぞ『盗賊』!」


 怒りにまかせて、ジュン=ニビはサクラに掌底を叩き込もうとした。

 跳躍するサクラ。掌底がサクラを掠め、その風圧で彼女は廃屋の壁に叩きつけられる。

 彼女はぐったりとその場に腰を落とした。

 如何に天才と言っても、基礎戦闘力に大きな差がある二人。

 真っ正面から戦えば、サクラに勝ち目がないのは明白だった。


 あまりにもあっさりとサクラが吹き飛ばされたので、罪悪感からジュン=ニビの体が少し萎んだ。

 そして彼は、いよいよサクラが何故わざわざ自分に会いに来たのか分からなくなった。

 勝てないことなど、こうなる前から明白だったはずなのに。


「ああ、お前を傷つけるつもりはなかったんだ、サクラ。だって本来お前も、俺と同じ迫害される側の存在だからな」


 『盗賊』『狂戦士』『勇者』エトセトラ……これらの称号は、『天才ジーニアス』の一員である『聖女』が各人の能力を見て割り振ったものだ。

 そんな『聖女』は今、国教の教皇として成功者の立場に収まっている。


 今思えば、あの名付けには恣意があったのではないかと、ジュン=ニビは疑っていた。

 『勇者』だの『聖女』だの『騎士』だの、輝かしい名前を付けられたものは大抵成功している。

 だが、『暗殺者』だの『狂戦士』だのを割り振られてみろ……そんな名前で呼ばれるような奴を、社会が受け入れたいと思うか?

 『聖女』にとって都合の良い存在にはプラスの称号を与え。

 都合の悪いものにはマイナスの称号を与えて、あらかじめ未来を選別していただけなんじゃないのか? と。


「頼むから、俺に刃向かうなんてことはやめてくれサクラ。うっかり攻撃してしまったけど、俺たちは仲間だ」


 ジュン=ニビはサクラの現在を知らない。

 だが『盗賊』呼ばわりの彼女が成功者となっている世界は、到底想像できなかった。


「共に手を取り合い、体制派を討ち滅ぼそうじゃないか。な?」


 だがジュン=ニビのそんな提案に対して、サクラは黙って首を横に振る。


「……残念だが、ジュン。私はまだ、君の手を取ることはできないんだ」


 顔を上げ、遥か高みのジュン=ニビを見据えて、不敵に笑うサクラ。

 その表情は、『闘志あり』のシグナルだ。


「私が今日来た目的は君の無力化だ。その『仕事』を終わらせるまで、私は君と仲良く出来ない」


 仕事、という言い回しは、単に気取っているだけだろうとジュン=ニビは受け取った。

 もし体制派が自分を本気でなき者にしようとしているのなら、サクラのような木っ端の『天才ジーニアス』を差し向けたりしない。

 もっと実力派の『天才ジーニアス』を差し向ける。『騎士』あたりが送り込まれていたらまずかったとつくづく思う。

 だからジュン=ニビにとってはそれ以上に、サクラの『無力化』という言い回しの方が引っかかった。


「無力化だと?」


 その物言いは、まるで自分がジュン=ニビに勝てると言っているかのような響きを含んでいて。

 ジュン=ニビの勘に差し障った。

 無意識下のうちに、彼はサクラを下に見ていたのだ。

 そんな彼女に、上から目線で説教を垂れられることが、彼には釈然としなかった。


「お前如きが、俺に勝てるはずがねえだろうが! ましてや無力化だと!?」


 ジュン=ニビは吠える。

 常人なら失禁してしまいそうなほどの威圧感。

 だがサクラは動じずに、まっすぐに彼の顔を見つめた。


「他の誰にもできないだろう。だが私ならできる」

「どうやって! お前には俺を、傷つけることさえできないってのに!」

「ああ、傷つけることはできないさ。だが、『盗む』ことはできる」


 そう言ってサクラは、右手手袋を脱ぎ捨てた。

 そういえば、彼女が右手手袋を脱ぐところは初めて見たなと、ジュン=ニビは想起する。

 戦闘中も、戦闘が終わった後も。

 食事中も、歓談の時でさえ。

 彼女は常に、手袋をつけたままにしていたからだ。

 ジュン=ニビはそれが、右手のどこかに火傷のような酷い傷があって、それを隠そうとしているのだと考えていた。


 だが現れ出たのは、白磁のような美しい手。

 ただ同時に、その手を見た途端。

 ジュン=ニビの心に、底知れない恐怖がにじみ出す。

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