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1/4 廃屋にて

 田舎の廃屋、新月にして曇天の夜。

 真っ暗闇のリビングの中に、男が一人。

 常人の数倍ほど大きな図体。

 壊れかけのソファに腰掛けていた。


 男は、黙って待っていた。

 この日は、来客が来る予定だったからだ。

 男にとって、久しぶりに会う相手だった。

 懐かしい気持ちはあった。

 だがそれ以上に不安だった。

 この再会が吉報となるか悲報となるか、まだ男には見えていなかったからだ。


 約束の時間、午前零時。

 ちょうど日付が変わった頃に、ドアが開いた。

 やってきたのは、洒脱なコートを身につけた背の高い女性。

 両手に純白の手袋を嵌めている。

 艶やかな桜色の髪を振り乱しながら不敵に笑うそのさまは、男が知っているかつての彼女となんら変わっていなかった。

 男は少し安心して、手元のスイッチを押す。

 天井の灯りが点り、散らかったリビングが露わになった。


「よう、久しぶり」


 女が言う。

 少しハスキーな声だった。

 男はくすりと笑って、ソファから立ち上がった。


「随分と長く連絡を寄越さなかったじゃねえか。てっきりお前、死んじまったのかと思ったぜ」


 男は笑った。

 女も笑った。


「それはお互い様さ。もっとも、君が死んだかもしれないなんて私は微塵も思わなかったがね」

「どうして?」

「何故なら君は、『あの戦い』で最前線に立った勇敢なる戦士だったのだから」

「それはお互い様だろう。『盗賊』」

「いいや、君の方が格別さ。『狂戦士』」


●―――――●


 『あの戦い』とは、つい最近まで彼らが暮らす帝国を襲っていた原因不明の厄災のことを指す。


 始まりは、五年ほど前。

 突然帝国各地に空いた四つの謎の黒い穴から、文明を滅ぼそうと暴れ出す怪物たちが無限に湧き出てきた。


 人々は為す術もなく逃げ惑った。

 だが僅か百名ほどの若い男女だけが、その怪物たちに真っ向から立ち向かおうとした。

 彼らはそれぞれに人知を越えた才能を身につけており、人々は彼らを讃えて『天才ジーニアス』と呼んだ。

 『天才ジーニアス』たちは人々の声援に応えるように、世界を救うため賢明に立ち向かった。


 そしてほんの一年ほど前、『天才ジーニアス』は四つの黒穴全てを塞ぐことに成功。

 崩壊した秩序はここに回復した。

 一時は滅亡寸前まで追い込まれていた文明は、今や少しずつ復旧しつつある。

 それも全て、矢面に立って戦った『天才ジーニアス』たちの、尽力あってのものであった。


 今、ここに再会した男女はいずれもその『天才ジーニアス』の一人である。

 『盗賊』『狂戦士』とは、『天才ジーニアス』同士がそれぞれの能力を簡潔に把握するために付けたコードネームであった。


●―――――●


「私は、褒められるほどの女ではないよ」


 盗賊と呼ばれた女は、くつくつと笑った。


「私はどちらかというと裏方、伝令仕事だったからね。君たち最前衛と比べると、些か危険な目には遭っていない」

「それでも、共に戦った仲間であることに変わりはねえよ。謙遜するな、サクラ」


 サクラとは、『盗賊』の本名である。フルネームで、サクラ=イシカワと言う。

 『狂戦士』の方のフルネームは、ジュン=ニビだ。


「お前はいつだって、自分を卑下していた。だが、決してそんな自分を低く見る必要はねえんだ」


 『狂戦士』ジュン=ニビは『盗賊』サクラにそう言う。

 これはジュン=ニビがサクラと出会ったある日の戦場からずっと思っていたことだ。


 『天才ジーニアス』は、いずれも特別な力を持った者の集まり。

 当然サクラも例に漏れず、人とは違う力を持っている。

 だが彼女は、常に自分と自分以外を一段別のところにおいていた。

 百人の仲間の中で、自分だけが他と違う劣等であるという態度を常に取り続けていた。


 常に自信満々で、自分の特異性を疑わなかったジュン=ニビにとって、サクラのその態度は不可解だった。

 お前だって、特別な力を持っているんだ。だったら、それを誇ればいいじゃないか。

 今、流れをぶったぎってまでジュン=ニビがサクラをフォローしたのは、戦時からずっと抱えていたもやもやを吐き出すためと言えるだろう。

 だが、もやもやは解消されなかった。


「いいや、そう言ってくれるのはありがたいけど、やはり私は君たちとは違う」


 サクラの態度が、戦時中と全く変わっていなかったからだ。


「君たちは天才だが、私はそうじゃない。たまたま戦いに参加したから列席させてもらっているだけで、本来は『天才ジーニアス』なんて呼ばれる柄じゃないのさ」


 ジュン=ニビにとってその言葉は、大いなる不満を生むものだった。

 そして理解しがたいものだった。

 戦いが終わった後、俺たちは皆まとめてあれだけ讃えられたじゃないか。

 怪物を駆逐し、世界に平穏をもたらしたことから、英雄として賞賛されたじゃないか。

 その賞賛を前にしてなお、どうしてお前は卑屈になるんだ。

 理解に苦しんだジュン=ニビの思考は、彼自身にとって都合の良い一つの帰結を弾き出す。


「サクラ。きっとお前は、この一年ですっかり心を病んでしまったんだ」

「?」


 怪訝に首をかしげるサクラ。

 意に介さずジュン=ニビは続ける。


「俺たちは戦争が終わってから、一時は英雄のように讃えられた。国家から一生の年金だって約束されたさ」


 一呼吸。


「一部の『天才ジーニアス』はその後国の要職に就いた。自ら会社を興し、成功した者もいる」


 ジュン=ニビの言葉には、僅かに怒りが宿っていた。


「だが、全員が全員いい目を見られたわけじゃない」


 ぐっと握り拳を作るジュン=ニビ。


「平和な世界に要らないとされた『天才ジーニアス』は、はした金だけを握らされてそれでポイだ」


 親指で、自分を力強く指さす。


「オレもそうだし、お前もそうだ。そうだろう、サクラ!」


 雷のような声で、ジュン=ニビは唸った。

 今日一番大きな声だった。


「俺たちの天才性は、平和な世界では『悪』とされる要素によって構成されている。だから、社会は俺たちを放逐した!」


 言葉にすれば、抑えていた怒りがとめどなく溢れていく。

 いつの間にか、ジュン=ニビの体は赤く染まっていた。

 まるで燃える炎のように。

 それが『狂戦士』たる彼の性質。

 怒りによって膂力が増幅し、最終的には文字通り一騎当千とも言うべき強大な身体能力を獲得する。

 彼が生まれながらに秘めていて、怪物の出現と共に発現した、彼だけの特殊能力である。


「サクラ、お前が今までどんな生活をしていたのか俺は知らねえ! だが、決して羽振りのいいものじゃなかっただろう!」


 話せば話すほど、口に出せば口に出すほど。

 現実が目の前に現れて、怒りは際限なく増幅していく。

 苛立ちが一つ増える都度に、ジュン=ニビの体は純粋な赤色に近づいていく。


「知っているかこんな話を! 『騎士』の奴は、今は国家の軍団長の座に就いて、大きな屋敷を手に入れたらしい!」


 銅鑼声。


「『魔術師』は、宰相としての地位を利用して数十人の妾を囲った後宮ハレムを作っているそうだ!」


 怒気の表出。


「そして最も許せないのは『勇者』の奴――――持ち前のカリスマを使って、復旧後の国の皇帝の座に収まりやがって!」


 声を大にして叫ぶ度に、体は赤く、そしておおきくなっていく。


「権力も贅沢も、好き放題だ! あいつと俺とで、怪物に対してあげた功績は何も変わらないって言うのにだぞ!?」


 背丈も次第に伸びていき、ただでさえ大きかった体が今や天井を突き抜ける勢いだ。


「なのに俺たちはどうだ! その日暮らしをするのがやっとのチンケな年金だけ渡されて、仕事はもらえず飼い殺し! こんなことが許されていいはずがない!」


 体躯の変化に応じて、声も大きくなっていた。

 長身だが細身のサクラにとって、今のジュン=ニビの叫びは気を抜けば飛ばされる嵐のようなもの。


「これが、世界を救ってやった英雄に対しての仕打ちなのか!?」


 怒気を叩きつけるように、サクラに問いを投げかけるジュン=ニビ。

 サクラはあくまで落ちついた声音で、ジュン=ニビの目を見た。


「ああ、そうだろうな。君の怒りは分かるよ。共感もするし――――」


 一呼吸。


「君ならそれだけ怒っているとも思っていた」


 ジュン=ニビの眉が、朗らかに持ち上がる。

 理解者を得たと思ったのか、少し怒りが和らいだのか。

 赤みと体躯が少し収まった。


「俺の怒りを分かってくれるのか! だったら俺と――――」


 手を伸ばし、何かを言いかけるジュン=ニビだったが――――


「だからこそ私は、君を止めるためここに来たんだ」


 続くサクラの言葉に、伸ばした手は行き所を失い、空中で制止する。

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