扉の向こう
最下層。ゼロとの特訓もあり、だいぶ戦えるようになった俺は、迷宮の最後の扉まで来ていた。俺の十倍はありそうな扉に、少し緊張をしながらゆっくりとその扉を押した。
扉を開くと中は暗く、その奥には人影のようなモノが見える。
俺はゆっくり近づくと、影はこちらを向き、その姿を現わす。
【あれは!】
ゼロはその正体を知っているのか、ブツブツと考え始めた。
そして、そこにいたのは、全身真っ黒い鎧を纏った騎士だった。
なんだ?あれ?
俺はさらに近づく、すると黒騎士はこちらを見て何やら喋り始めた。
《キサマ、ナニモノダ》
黒騎士は仁王立ちしながら、俺に問う。
こいつがここのラスボスか…。
「なぜ今から倒す相手に名乗る必要がある?」
俺は黒騎士の問いかけを無視して、黒騎士に向かって一直線に走り出す。
さらに、俺は先程編み出した必殺技をお見舞いする。
「行け!必殺!『転移拳撃』」
俺は何もない空間に向かって拳を突き出す。そして、その瞬間、俺の拳は黒騎士の頬に当たっていた。そのまま黒騎士は吹き飛ばされる。
「よし!当たった!」
初めてだったが一発で成功することができた。
【まぁよくもそんな応用ができるなぁ】
ゼロは少し呆れたように、俺に言う。
この転移拳撃は単純で俺が殴る瞬間『時空間魔法』で座標を指定した場所と繋げて、あとはそこに向かって拳を突きだせばいいだけの不意打ちにはもってこいの技だった。
「俺の異世界初の必殺技だからな。気合い入れて作ってみた」
俺は少し自慢げに言う。
【そんな自慢げに言うことでもないだろ。それよりも奴のことで思い出したことがある】
ゼロは俺に黒騎士に関する情報を伝える。
【アレは、昔、龍人族が保有していた魔装兵だ。昔一度だけ見たことがある。ただ、量産兵だったからな。その実力はあまり高くはないかも知れん】
俺はその言葉に少し安堵する。だが、ゼロそんな俺を見かねて、
【だけど気は緩めるなよ。龍人族の魔装兵は同族同士の内乱で使われていた物。つまりは龍を相手に考えられている】
その言葉に、俺は気をしっかりと引き締めて、対峙する。
すると起き上がってきた黒騎士がまた何か喋り始めた。
《コノ先ハ、我ガ、アルジノヤスラギノバ。ワレハココヲ、マモル》
黒騎士は剣を取り、俺たちに対峙する。
なんだ?この先だと?ここはさっきの扉以外何もないぞ?
「お前が何を守っていようが知ったことじゃないんだけどな。俺達はここを出るために先へ進むだけだ」
《シンニュウシャハ、ハイジョ、スル!》
黒騎士はこちらに向かって走り出す。それは一瞬で、瞬きの間にもう間合いを詰められ、斬りかかられる。
「うおっ」
俺はなんとかギリギリかわしていく。その鎧姿からは想像もできないような速さで次々と斬撃を加えてくる。
「くっ!」
俺はかわすので精一杯で反撃の余地すら、与えられない。
「ぐはっ!」
そして、急に斬撃を止めたと思ったら、俺の腹を回し蹴りで蹴っ飛ばす。俺はそのまま吹っ飛んで、床に寝転ぶ。見ると俺の腹は抉れ、肉と内臓がむき出しになっていた。
「あァゔぅう」
【気をしっかり持て!今のお前の治癒能力なら問題ない!】
ゼロは大丈夫だと言ってくるが、俺の精神的にはもうダメだった。
【チッ……こいつ、本当に魔装兵か!?】
どうやら全ての能力が魔装兵のそれを上回っているらしい。そこでゼロは俺に提案してきた。
【なぁ、悠二………このままやってても拉致があかねぇ……】
何やら重々しい口ぶりで、ゼロは告げる。
【お前に俺の全てを渡す】
「!?」
ゼロの突然の決断に俺は驚いた。
「ゔっ、それは……どういう意味だ?」
俺はゼロのしたいことが理解できずにいた。
【簡単さ、俺が悠二の魂に同化する】
「ッ!?魂に同化?」
俺はそれがどういうことなのか分からなかった。
【悠二来るぞ!】
だが、俺の質問の途中で黒騎士が剣を振りかざしていた。そして、俺は黒騎士の追撃をかわす。腹を見ると、傷の方はすでに塞がっていた。
攻撃をかわし続けたおかげか、俺も少し慣れて来たので、多少の反撃は入れられるようになった。
「その同化ってのには、リスクがあるんだろう?」
俺はゼロ口調からそうではないかと推測した。
【ああ、その通りだ。同化にはリスクがある】
ゼロはまた正解だと言ってくる。
「で、どんなリスクなんだ?」
俺は黒騎士の攻撃を対処しながら、ゼロの説明を聞く。
【悠二って案外器用だな】
ゼロはそんな俺に驚いていた。
「そんなことよりもさっさと説明してくれ!」
俺はゼロを急かす。
【お、おお、わりぃわりぃ。そうだな、率直に言うと俺は消える。悠二に俺の全てを変換して与える。それは俺の自我もだ】
ゼロはサラッと言っているが、それはとんでもないことだった。
「なっ!?消えるって?」
俺はまた少し勘違いをした。
魂との同化とゼロが消える理由について、そして今のゼロという存在について。
【そのままの意味だ。俺の全ては悠二の魂の一部となり、俺は深層世界からも消える】
ゼロの言葉に俺は何も言えなかった。ゼロが消える。それはこの世界でできた、初めての友人。俺はこの数週間の間、ゼロとはかなり親しくなっていた。
師であり、友であり、家族である彼と別れなければならない。そのつながりを失うということに、俺には抵抗があった。
【安心しろ。俺は完全に消えるわけじゃない】
ゼロは訴えるようにして声を発する。
【俺はお前の魂に同化するんだぞ?消えるわけじゃない。それに俺は、悠二のことを友だと思っている。これも消えるもんじゃない。まして、17年間もお前の中からお前を見てきたんだ。俺が悠二を信頼しないわけないだろう?】
ゼロは俺を安心させようと言葉をかけてくる。
【この世界に来て、ようやくお前と対面できたのに、もうお別れってのは流石に寂しいが、俺は悠二を信じてる、だから、悠二も俺を信じろ!】
俺は黙って聞いていた。いや、何を言えばいいのか分からなかったんだろう。
『信頼』、それは今の俺には一番遠い言葉であり、俺の苦手なことだった。
信頼したから、裏切られた。
信頼したから、殺されかけた。
今の俺に何かを信頼することができるのか、ゼロもまたそう言って、俺を騙すのではないか。
俺は混乱していた。
そういえば、何でゼロは現れたんだっけ?………ああそうか、俺が意思が強くなったときに出て来たんだったな。俺は……………
俺はほんの数週間前のことなのに、もう何年ずっと前からゼロと友だった感覚がしていた。
その時、黒騎士は凄まじい量の魔力を貯めていた。
《コレデ、オワラ、セル》
【悠二!ヤバイのが来るぞ!どうする?】
ゼロは少し焦ったように黒騎士の様子を伝え、俺の決断を煽る。
ゼロは何のために、俺を守った?
俺は何をすればいい?
俺は……。
「俺はやってやるさ!俺はゼロを信じる!」
俺の中でまた、さらなる強い意思ができた。
【ふっ、じゃあ、また深層世界に来い!】
俺はまた深層世界へと意識を落としていった。
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