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二匹の怪物がいたのでやってみることにした

 なんだ。結構イケるじゃん。

 星は怪物を殴り飛ばした拳の感触から、そう思った。


 倒れこんだ怪物……仮に怪物Aとしよう。もう一体はBだ。わかりやすくいこう……怪物Aは怪物Bにぶつかるかというほどに吹き飛んだが、怪物Bはこれを後ろに軽く跳躍してかわした。その動きから、星は怪物に知性が存在することを確信する。だからといってどうということもない。拳をふりきって前のめりになった体を起こす。

 まず、手にしたライトが邪魔ながら、捨てるわけにはいかないので、(作者の友人いわくの)秘密の機能を使うことにした。

 電源スイッチに並んでいるボタンを押し込む。すると、軽い音を立てて、ライトの先端が展開するように割れておりたたまれ、内部が露出する。そこには電球ではなく、尖った円錐形の部品の先に光の球がくっついていた。

 光の球はふわりと針から離れて星の上に浮かぶ。まるで捕まえていた光の妖精を離したみたいだな、と星は思う。

 自動的に自分の周囲を照らす電灯のようなものだが、この機能は動力の消費が激しいので、あまり使わないほうがいいとのことだった。

 ま、すぐに終わるよね。

 星は肩をすくめるようにリュックから両腕を抜く。やや重い音を立ててリュックが後ろに落ちる。


 二体の怪物に向かって、まっすぐに歩いていく。


 怪物AとBに襲われていた真っ白な少年と少女は、口と目を丸くして呆然としている。まるで彫像のように固まった二人を、星はちらりと横目で確認する。怪我などは無いようなので、そのまま目を戻して歩いていく。

 星に見られた少年は、剣を構えたままの姿勢で固まっていて、首だけを動かして自分の前を横切ろうとする星を見つめている。

 そんな彼の手から伸びる剣の刀身を、星は右手でひょいとつまんで取り上げる。


「ア……」


 少年はやはり固まったまま、あっさりと手から抜けて奪われた剣と、それを指先でくるりと回して、切っ先を下に向けて指で挟んだ星を見つめている。

 そんな視線を特に気にすることもなく、星はまっすぐに歩いていく。怪物Aはまだ倒れており、身体を起こそうとしているようだがうまくいっていない。星の右カウンターストレートがすさまじく効いていた。意識が残っているのが奇跡のようなものなのだ。

 怪物Bはそんな怪物Aを助け起こすこともなく、星が近づくのにあわせてじりじりと下がる。一撃で怪物Aを地に沈めた星が、武器を手にしている。それを警戒していた。

 まあ、警戒しているというのは、当人の主観的な評価であって、聞こえがよい言い方だ。

 客観的に見ればあからさまにビビっている。

 今すぐ後ろを向いて逃げ出したいが、剣を指に挟んだまま、あまりにも無防備に近づいてくる星が恐ろしくて、できない。


「来ればいいのに」


 星は小さくつぶやいて、剣を人差し指と親指、そして中指にはさんだまま、まっすぐ歩着続ける。やがてその脚は怪物Aの倒れた身体にさしかかり……そのまま踏んだ。まず下腹部を踏み(ちなみに服を着ているようには見えないが、股間には何もない。あったら星はそこから踏んだだろう)、次の一歩で胸の上を踏む。踏まれるたびに、怪物Aは踏まれたカエルのような声と息を吐く。

 星はそこで止まった。右脚を胸に乗せたまま、左足をその横の地面に。怪物の二本の腕の間だった。

 目は怪物Bに向けたまま、唇だけを動かして弓のようにする。

 笑った。

 ような顔が作られた。

 篭められた意味は、全く笑えないものだ。

 特に、怪物Aにとっては。


 があっ、と声をあげ、怪物Aがその四本腕を動かし、星の脚に突き刺す……突き刺そうとした。

 しようとした時にはおおむねが終わってしまっていた。

 星が手首から先を軽く振っていたからだ。

 指の間に挟んだ剣は、その動きで真下に投擲され、怪物Aの頭に突き刺さる。

 怪物Aは真っ赤な目を見開き、絶叫しようとした。

 しようとした時には全部が終わっていた。

 星が右脚を上げて、降ろしたからだ。

 そうした結果、剣の柄尻が踏み込まれ、40cmほどの頭身が頭の中身を割っている。

 絶叫だったはずの空気は大きく開かれた口から抜けてゆき、ため息のように溶けていった。


「まず一匹」


 星はそう口にした。

 人間によく似た、知性を持った存在を殺すこと。

 そこに何らかの感情を覚えるかと思ったが、特に何も感じない。

 やってみれば簡単なことだった。ゴキブリを殺すのと変わらない。

 もう一匹残っているので、それも殺すことにする。


 怪物Bは自分が撤退の機会を逃したことに、ここで気づいた。星がゆっくりと怪物Aにトドメを刺している間ならば、逃げることができたはずだった。しかし、今はもう遅い。

 全力でいくしかない。今ならば相手は武器を手から離しており、踏み込んだ武器の刃は仲間の頭を貫いただけでなく、なんと地に半ばが埋まっている。単に体重をかけただけではこうはならない、油断ならない力の証左だが……。すぐにあの武器を使うことはできない、ということでもある。


 怪物Bは全身に力をこめて地を蹴り、飛びかかる。

 その勢いのまま四本の腕全てを使い、星の細い身体を抱きつぶすような形の四連撃を放つ。

 完全に同時ではなく、わずかにタイミングをずらすことで相手の回避に対応する、己の技術の精髄に基づく必殺の攻撃だった。これを完全に避けることができた相手はこれまでにいない。

 この技でほとんどの敵は仕留められるか傷を負わせることができたが、そうでなくても爪にせよ腕にせよが当たり、わずかでもその動きを鈍らせれば次の手がある。

 己が持つ最高の殺し手である。

 そのはずだ。


 対して星は。

 迫る怪物に向かって、二本の腕を突き出し軽く動かした。

 そのわずかな動きで、先行して飛び込んだ怪物Bの右の上側腕、左の下側腕が軌道をずらされ……残り二本の腕に、その爪が突き刺さる。


 怪物Bは驚愕に目を見開く。この敵は二本の腕で、己の四本腕の攻撃を軽くさばいてみせたばかりか、爪を使って傷を与えた。信じられないほどに精密な動きと、見かけからは想像もできない腕力。


(爪が長すぎると、こういう時に危ないんだよね)


 だが、飛びかかった怪物Bの身体の勢いが止まるわけではない。

 元から予定していた次の手がある。

 すなわち己の頭部による毒牙の噛み付きだ。鋭い牙と致死性の猛毒。両腕を使って四本腕を封じた相手は、成す術もなくその身にこれを受けて死ぬ……。そのはずだった。


 しかしすでに星は二本の腕で四本腕をさばくと同時に身体を踏み込ませ、その頭を下から突き上げていた。

 怪物Bの顎が星の頭突きで打ち抜かれる。同じく頭を突き出していた怪物に対しては、完全なカウンターだ。


(犬みたいな顔と牙してるから、きっと噛み付いてくると思ってたよ)


 怪物Bがのけぞり、身体の無防備な前面が星に晒された。

 決死の隙だ。

 星の右拳が怪物Bの胸の真ん中に叩き込まれて轟音が鳴る。間を置かず、続いて左拳が脇腹に刺さる。

 怪物Bはその衝撃に、どうしようもなく身体を丸めてしまい、その頭が星の頭よりもさらに下がる。

 それが星の狙いだった。怪物の懐に入り、右腕の腋で上から怪物Bの頭をがっちりと挟む。


「それっ」


 軽い掛け声とともに、首をひねりながら、引き抜くようにぐるりと左に回転する投げ技をかける。

 怪物Bの首はこの一撃で綺麗に折れて、その上で体を背中から地面に叩きつけられた。残酷な音が、地下通路に鳴り響く。

 かっ、と目を見開いた怪物の身体が、二度と動かなくなる。


 星の異世界における初めての殺しは、こうして終わった。




 異世界は危ない技を遠慮なく使えるから、楽だな。

 そう考えながら星は、後ろを向く。そこには白い少年と少女、そして地面に突き刺さったままの剣。


「……あれ?」


 最初に殺した怪物Aの死体がない。まさか、まだ生きていた? いや、それはないはず。剣を押し込んだ時、確かに殺した感触があった。なんとなくそれがわかる。

 たった今殺した怪物Bの死体を確認しようと、星は下を見る。

 すると、無残に首がひねりまがった怪物Bの身体は、その首部分から黒い粘液のようなものに変わって行く途中だった。そのまま全身が溶けて、地面にしみこむように消えてしまう。星はあわててかがみ、地面に触れてみる。そこには、ただ硬い岩盤と砂の感触があるだけだった。


「……まあ、異世界だし、モンスターだしね」


 こういうこともあるのだろう。とりあえず星は、そう自分を納得させた。


「さてと」


 改めて立ち上がり、後ろを振り返る。

 二人の白い子供たちは、まだ星が剣を借りた時の姿勢のままだった。


(とりあえず、色々聞いてみないとね)


 さて、言葉が通じるといいんだけど。

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