異世界へ行くとそこは洞窟で暗いのでライトを点けた
異世界に行った彼女の物語を始める前に、天導星のことを書いておこう。
ここまでは彼女の姿を読者のみなさまのご想像にお任せしてきたが、ここからはそうはいかない、というわけだ。
ご了承いただきたい。
天導星は身長187cm、体重は61kg。
クラスでは男子どもをさておいて、最高の身長を持つ。
彼女自身は身長が高いことそれ自体は便利だと思っている。が、それを理由に自分の女性らしさを疑問視する風潮は大嫌いだ。
確かに星は最新ファッションやメイクに明るいほうではないが、自分なりに着飾りはする。
ただ、彼女が好むストリート系のラフな姿は、そのショートカットの黒髪と体型も合わせた結果、控えめに言ってもボーイッシュだ。
さらに加えて鋭い目つきの容貌と、ぶっきらぼうな雰囲気もあってか、女性にはとてもモテた。
とはいえ彼女には同性愛的な嗜好はなく、彼女の周囲に集まる女の子もそこまでを求めてはいない。
そういうわけで、特に恋愛経験を積むこともなく。彼女は今、異世界に至る。
そう、異世界。星は異世界にいる。そのはずだ。
真っ暗な空間の中にセーラー服とミリタリージャケット、大きなリュックサックを背負った少女が一人、立っている(この服装には女子高生アピールだけでない理由がある。あとで語ろう)。靴裏から感じる感触は硬く、ごつごつとしていた。
こうも暗くては、ここが異世界なのかどうかを判断するのは難しい。いや、そもそも異世界にいる証拠というのは意外に難しいんじゃないか、と今更ながら思ったりした。
全く見知らぬ風景が目の前にあったとして、そこが自分の世界の、どこか見知らぬ場所ではないとどうして確信できよう?
(……今はそういう話はどうでもいい)
とりあえず星は、背中に背負ったリュックサックに、チェーンで結んでおいたフラッシュライトを手に取った。
異世界に向かうにあたり、当然ながら彼女は装備を整えてある。食料、衣料、医療品、寝具、武器(短剣と拳銃)。手に入りづらいものは異世界帰りの友人にもらった。
その一つであるライトを点ける。壁に反射した光が目に飛び込み、一瞬つぶってしまう。実に頼りになる光量だった。
(やっぱり洞窟、かな)
光が照らした壁と天井と床、全方位は不規則な形の岩製だった。
大体4人くらいが並んで歩けそうな広さで、圧迫感はさほどない。岩肌は暗い茶色で、特に不思議なものではなかった。
今は、真っ直ぐな通路のような場所にいるようだ。道の先を照らしてみれば、両側ともゆるくカーブしており、先は見えない。どちらも高さは同じ。
さて、歩くのに支障はなさそう……なのだが。
(困ったな。どっちに行けばいいのかわからない)
まさに右も左もわからない異世界で、前と後ろもわからない洞窟だった。どうすればいいのか、判断材料は何もない。
しかし星はためらわなかった。
「……よし」
まっすぐと、洞窟を歩き出す。この行動に根拠はない。ただ、進むと決めただけだった。
前も後ろもわからないなら、進むしかない。
とりあえずの目標としては、話が通じる存在と出会うことだ。異世界なので話どころか言葉が通じない可能性も当然あるのだが、帰還した転移者たちはほとんどが『なんとかなった』と証言している。彼らの多くは、相手がどんな言葉を話していても、会話はできたらしい。
(誰かに会えたら、妹のことを聞いてみる。異世界で転移者は目立つから情報は集まりやすい……はず、らしい)
友人のアドバイスを胸に、星は暗闇を照らしながら歩く。無謀な旅だとは自分でも思うが、どうしても諦められなかった。
3年前、目の前で妹が消えた瞬間。自分の中で何かのタガが外れていた。
今でもそれは外れたまま、自分をこうして駆り立てている。
「絶対に見つける」
自分の決意を確かめるように小さく呟き、歩く。
長い洞窟だった。数分ほど歩いても、周囲の様子は変わらない。相変わらず左右にゆるくカーブしつつも、高低差はほとんどない。道の広さも一定で……。
(……変化がなさすぎる)
自然の洞窟だろうと思っていたけれど、ひょっとしてこれは誰かが掘った通路なのだろうか? なにせここは異世界なのだ。魔法とか秘術とか奇跡とか、そういうものが作ったのかも……。
だとすれば、いいこともある。利用するために作られた通路なら、利用している人に会えるかもしれない。
そんなことを思った瞬間がグッドタイミングで、奥から声のようなものが聞こえた気がした。
「誰かいるっ?」
星はライトを持ったまま走り出す。左にカーブしている曲がり角を超えて、その先を見た。
そこにはまぎれも無い、異世界っぽいやつらがあった。
人間型ながら前進が白い四本腕の怪物二匹に、髪も肌も真っ白な人間二人が前後から挟まれている。
(異世界だ!)
世界は広いのでもしかしたらどこかに四本腕の怪物もいるのかもしれないが、それよりは異世界の可能性が高い。
いやそれは今はどうでもいい。
大切なのは、怪物二匹が凶悪な牙を剥き出しにして、二人の人間、多分14歳くらいの男の子と、もっと小さい女の子を通路の両側から挟み撃ちにしているというシチュエーションだ。
統計上、異世界転移直後の状況の多くにあてはまる共通事項がある。
それは転移者の周囲で、異世界在住の人物が危機的状況にあることだ。しかも、転移者がその人物を助けられる(少なくとも助けようとする)ことができる程度の距離で。
当然ながら、異世界転移現象とは、異世界の人物を助けさせるために起きる……あるいは誰かが起こしているのではないか? という説が産まれた。もちろんその証拠は見つかっていない。
そんな異世界転移特有の法則は、今回も働いていたのか、あるいは偶然か。
星の目の前で、危機は進行しつつあった。
(どうしよう……!)
星はここでためらった。
四本腕の怪物は全身の筋肉が発達しており、広げた掌と地に着いた足は異様に大きく、どちらの爪も長く鋭い。顔は耳のない犬のように口が尖り牙が覗く。
異世界初心者の自分にとっては、遠くから見かけただけで全速力で逃げたくなる相手だ。
武器を取り出そうかと思ったが、それはリュックの奥にある。悠長に取り出している時間が惜しすぎる……。そう、ゲームで装備を売る店の店員は言っていたではないか。武器や防具は装備をしていないと意味がない、と。
(ダメだ、頭の中が空回りして……!)
怪物たちは強い光を向けられて一瞬こちらを向いたが、すぐに自分達がはさんだ二人の方を向きなおった。優先順位が下になった。
今のうちなら逃げられる?
そんな考えが一瞬よぎる星の目の前で、少年が少女をひっぱって壁におしつけ、右手に短い剣を抜いて構えた。少女の盾になるつもりだ。
二人はひょっとすると、兄と妹なのかもしれない……。
星はキレた。
長い脚が躍動し、数メートルの距離が一瞬で詰まる。
しかし怪物の反応も早かった。左足を後ろに回して身体を開くように動かし、四本の腕を星に繰り出す。星が動くことを警戒していたのだ。
その攻撃が繰り出される前に星の渾身の右ストレートが怪物の顔に決まっている。
身長が200cmはある屈強な身体が一撃で後ろに吹き飛ぶ。
「あのさ……。私、異世界でやっていけると思う?」
「人から血を抜いてからそういうこと言うかな?」
「そうなんだけど……。でも、モンスターがいるんでしょ、異世界」
「いるよ。凶暴なやつがたくさん」
「……もし、そいつらに襲われたりしたら」
「大丈夫だよ」
「なんで」
「星はケンカが強いから」
「真剣に聞いてるんだけど」
天導星はケンカが強い。