聞き分けの悪い少女
しばらくぶりに車を走らせていた。親戚の四十九日法要のために川口まで足を延ばしていたのだ。自分も時期に入ることになる墓に、先に誰かが入るとは思ってもみなかった。葬式の時もそうであったが、なんだか下見をしている気分でいい心地ではなかった。1月ぶりにあった家族も同じことを考えていたのか、会って初めて目があった時、お互い苦笑した。墓屋に近々引っ越すことになる新居を見せられたときは、骨壺を今住んでいる部屋か実家に、そのまま置いてもらえないかと真剣に考えていた。狭い中、爺さん婆さんと肩を寄せ合って暮らすのは遠慮したい。
夕暮れ時の環八はいつも通りの賑わいで、金持ちの見栄の伺える外車、ボンボンの相方を務めるスポーツカー、運転手並みにくたびれたワンボックス、楽し気なSUVやミニバン、彼らと肩を並べて、99年型ガリューは久しぶりの仕事を無難にこなしていた。自分の期待に応えてくれるものにあまり恵まれていない私はこいつのこういうところを非常に気に入っていて、通常は運転しているだけで随分と機嫌がよくなるのだが、今日については事情が違った。それは気が滅入る用事のためでもあるのだが、それに欠けた要素があったことが大きい。この要素は患う前から度々懸念事項となるものであったため、考え出すとどうにも気分が落ち込んでしまう。
世田谷通りとの合流点で右折し、技研や成育医療センターを通り抜け、成城に入ったあたりで通りを抜けた。駐車場に車を押し込んだ時にちょうどフレディ・マーキュリーが歌い終わったのは、陰鬱だった1日に久しぶりに訪れた幸せだった。階段を上がって部屋の前につくまで、私はフレディのおかげで軽やかな気持ちだった。音楽の不思議な力のために、懸念事項についてもすっかり忘れていた。久しぶりにピザを取って、ワインでも開けようかと考えながら歩き、アパートの玄関ではピザを待つ間に長いお別れを読み終えられるかもしれないことに気づいた。エレベーターではなく階段を使いたい気分になり、それに後悔することもなく昇り切ると、自分の通夜が大分先のことである気がした。
しかしこうした気分は、部屋の玄関についた時すべて吹き飛ばされた。原因は、扉の前で小さく纏まっている少女であった。一応ファミリー向けのアパートであるため、部屋の主を知らなければ家を叩き出された不良娘か、DVから逃げた不幸な女の子に見えるだろう。前者についていえば、実際にそうである時もあるし、後者についても昔はそうだったのだが。私は懸念事項を再び思い出して、全てに納得がいった。
「なにしてんの」
ぶっきらぼうに話しかけると、少女は一瞬驚き、続いて満面の笑みを浮かべて私に飛びかかってきた。
「どこ行ってたの!待ってたんだよ」
「親戚の四十九日で埼玉まで。本当は君もいなきゃいけなかったわけだが」
「ここ、結構寒いんだよ」
「いや、君が来るの聞いてないんだが」
「知らないもんそんなの!女の子を待たせちゃだめだよ!」
「無茶言わんでくれよ」
10㎝低く大分軽い女体を、あざとく香る香水の匂いと共になんとか引きはがすと、私は部屋の鍵を開けた。招いてもいないというのに、少女は部屋へ一番乗りした。
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「今日はどうしたんだい。寺にもいなかったじゃないか」
外套や買い物の始末をつけながら質問した。医者が患者に浴びせる第一声のように感じ、皮肉に思えた。
「親か?友達か?それとも新しい恋人か?」
「んー、別にー?ていうか、恋人まだいなーい」
「お前さんにしては続いてるじゃないか。かれこれ3か月くらいか?」
「うん。でも、おじさんが付き合ってくれれば独り身生活も終わりかなー?」
「なにが独り身"生活"だ。17の小娘なんて独り身のほうが安全でいいくらいだよ」
「またそうやって子供扱いするー・・・17ってもう結婚できるんだよ?」
「法律上はな。古い慣習みたいのを引きずってるだけで、現代の17には無理だよ。特に君みたいなやつはな」
「むー・・・」
少女は不貞腐れた顔でソファに丸くなった。容姿の整った顔が不貞腐れると中々に愛らしくなる。この顔にやられて痛い目をみた男はそこそこの数になるのだが、生憎私はこの娘が生まれた頃から知っている上、随分昔には下の世話までしていたため何も感じなかった。
彼女は私の姪っ子だ。いくらか年の離れた姉が学生時代に産んだ子で、もう17年の付き合いになる。元々は「お兄ちゃん」と呼ばれていたのだが、いつの間にか近年は「おじさん」呼びが定着してしまった。とはいえ、彼女と私は10程度しか齢は離れていない。人生最初に人への世話焼きは彼女に対するものだった。学生を孕ますのも理解できるほどにろくでなしだった彼女の父親から、姉と姪を救い出したのはもう10年も昔の話になる。以降この小娘の面倒をしばらく見ていたのだが、妙な懐かれ方をしてしまい、年に3回は愛の告白を受けている。同時に、異性との関係を持つ頻度はそれ以上に高いのだが。
「いつまでいるんだね」
「んー・・・休み明けまで?」
「それいつ」
「来月のはじめ」
「つまり2週間はここに居座ると?」
「3週間かなあ」
「勘弁してくれよ」
「だって地元帰ると友達と会っちゃうし」
「家から出なきゃなんとかなるだろ」
「そんな冷たいこといわないでよー。いいじゃん、現役JKと同棲だよ!」
「犯罪犯してるみたいになるからやめてくんねえかな」
姪はなにか大きなトラブルに遭遇すると、ほぼ毎度私の家にやってくる。姉も、私ならと謎の安心を抱いてそれを許してしまうため、私だけが割を食う羽目になるのが常だった。とはいえ、1人親となった姉の苦労はそれなりにはわかっていたし、姪の世話をみることは決して嫌ではなかった。悩み事の内容が陰鬱・陰険なものでない限り、彼女は話していて退屈しない相手でもあるのだ。
片づけが済むと、私は懐から紙巻を1本取り出して一服した。マッチの音に反応した姪の視線が手元に突き刺さるのを感じたが、取り合わなかった。
「まだ煙草吸ってるの?」
「当たり前だろ。居候の身分で文句いうつもりかい?」
「おじさん、私が煙草嫌いなの知ってるじゃん」
「君は、私が煙草好きなのを知ってるだろ?」
「体に悪いよ?」
「今更だよ。どのみち死ぬんだ」
「そんなこと言わないでよ。おじさん死んじゃったら、私どこに家出すればいいの?」
「家出をやめるか、あるいはまた男でも作ればいいじゃないか」
「やだ、ここがいい。あとおじさんがいい」
「馬鹿げたこと言ってる暇があるなら、飯くらい作ったらどうだい居候さん。早くワインを開けたいんだが」
姪がキッチンに渋々ながら立つのを見届けてから、私はハイライトをもみ消した。香ばしい匂いの漂う間、私は長いお別れの続きを読んでいた。姪の姿がアイリーンと重なって、あまりいい心地はしなかった。
「あのさあ、おじさん」
「なんじゃらほい?」
「おじさんってさあ、疑心暗鬼になることないの?」
「どしたの急に」
「んー・・・ちょっとね・・・」
自分で作ったにも関わらず、そして中々に美味であるにも関わらず、姪の皿の上のスパゲッティはまだ大分残っていた。一方の私の皿は、すでに空に近い。
「で、どうなの?」
「そりゃ私も人間だからね、人が怖くなることくらいあるさ」
「なんか、意外」
「なんでだね」
「おじさんって、いつも冷静なんだもん。死んじゃうかもしれないっていうのも、すんごいあっさり言ってたし」
「内心は死への恐怖でいっぱいいっぱいだったがね」
「ほんと?お祖母ちゃんとお母さんが泣いてるのに、おじさんだけすごい呑気だったじゃん」
「親父だって冷静だったじゃないか」
「知ってるでしょ、あの後トイレで泣いてたの」
「そうだったかね?まあ、泣いたって長生きはできないし、そう振舞ってないと精神的に弱くなりそうだったからな。どうにもならないもんは素直に受け止めるしかあるまい」
「ふうん・・・」
姪は私の言ったことを解釈しているようだった。確かに、一般的な価値観や感情から推測すれば、私の言っていることは理解しがたいかもしれない。しかしこれは恐れという感情があるからこその行動であり、私の場合それが、死よりも自身の醜態に向けられているというだけの話なのだ。それが女子高生に理解できるとは思えなかったため、私は彼女に詳しい解説をする気はなかった。
ナポリタンの最後の1塊を口に押し込んで、黙っていた。何も言わずとも、彼女が話し始めるのはわかっていた。食前にははぐらかされたが、彼女はここに来るとき、何日か面白い叔父との生活を楽しむだけでは満足できないのだ。
「じゃあ、どういうときに疑心暗鬼になるの?」
「きっかけがあるときもないわけではないが、唐突に襲われることのほうが多いね。共通してるのは時間帯くらいなものかな。大体は深夜だ」
「あるときはどういうきっかけでなるの?」
「若干の表情の歪みや声色の変化、発言の内容の深読み・・・まあ、どれも普段なら気付きもしない些細なことばかりさ。それに偶然に気づいてしまった時、相手との関係や相手の私に対する印象について恐ろしくなる」
「どういう風に?」
「こいつは私を本当に友人と思っているのか、私といて楽しいのか。私を不快に感じながらも、無理をして付き合っているのではないか。ひどい時は、全ては陰謀であり、最期に私はこれまで関わったすべての人間から嘲笑されて死ぬんじゃないか。こんなところだね」
「結構、恐がってるんだね」
「当り前さ。他人なんてなに考えてるかわかったもんじゃないからね」
再び彼女は解釈をはじめた。どうやらこの一連の質問はある種のテストであるらしい。姪の抱える悩みを打ち明ける相手として、私は相応しいかどうか。そしてその悩みは疑心暗鬼に関係しているらしい。それは質問の内容と、彼女が私の言うことを改めて考えているということからわかる。私にすら、疑心暗鬼を抱いているのだ。
「じゃあ、そういうふうに不安になった時は、どうしてる?」
「別にどうも?」
「え?」
面食らった時の表情と失望した時の表情を足して2で割ったような顔が目の前にあった。私ごときが万能なわけはない。手を出すのはあくまで手に負える問題だけであるし、説教でも知っていることを述べているだけに過ぎない。どうしようもないことなどいくらでもあるのだ。失望されても困る。
「どうもって・・・なにもしないの?」
「しないというか、できない」
「できないって・・・それじゃあつらいじゃん」
「その通りだねえ。まあ、普段より酒や煙草、飯の量が増えるくらいはあるだろうが。でもそれは鎮痛剤みたいなもんだから、根本的解決にはならないしな」
「じゃあ、いまもつらいの?」
「そうでもない」
「意味わかんないんだけど」
若人は往々にして、物事はなにかすれば解決すると思いがちである。姪も例外ではないようだ。自分に自信はない癖に、人間という種族には相当な自信をもっているのだ。だが、実際その種族ができることなどたかが知れている。この種族に解決不可能な問題などいくらでも存在していて、それをなんとかしてくれるものはただ1つであることを彼女たちは知らないのだ。
「時間が経つのを待つしかないんだよ。痛みを和らげるなり耐えるなりして、つらい時期が過ぎ去るのを待つ以外にはなにもできない」
「えー・・・つらいのやだ。ずっと楽しいのがいい」
「17になったんだろ?そんなわけにはいかないことくらいわかってるはずだ」
「わかってるけどさあ・・・」
納得はいっていないのだろう。これもまた、時間が解決してくれる、というよりも時間しか解決してくれない問題の1つなのだ。いつか理解できるきっかけなり突然の悟りなどがやってきて、姪は私の言ったことを理解するだろう。
「まあ、無理にわかれというつもりはないよ。今はわからなくてもいい」
「うー・・・なんかもやもやする・・・」
「ま、お子様に理解できないことなんて山ほどあるんだ。今はその分悩む時期なんだよ」
「子供扱いしないでよ」
「私は大人だ。大人には子供を子供扱いする権利と義務があるんだよ」
「大人とかいうけど、まだ若いじゃん」
「そうでもないよ。もうじきくたばるわけだし」
「・・・そういうこと、言わないでよ」
会話の後、私は皿とグラスをすぐに洗った。その間姪に様々な話題を振ったが、彼女はあまり乗ってこなかった。それでも、洗い物が終わるまでは私は姪との会話を諦めなかった。若人には、悩んだところで、考えたところでどうしようもないものを悩み考え続ける傾向もあるらしい。
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やわらかく、芳醇な煙がダイニングに漂っていた。1日の疲れを抜いて、頭の中を整理する煙だ。煙草のみだけがこの煙が神聖とされた所以をなんとなくにしろ理解できる。上方へと、神がいると信じられている場所へとゆっくり煙が昇っていくたびに、肩の力が抜けて癒しを感じる。
我が姪はそれを理解できない人種であるようだった。無論。17で理解されても叔父としてはあまりうれしくないのだが。彼女はこちらを恨めしそうな目でじっと見ている。その視線にも、視線の持つ意味にも気づいていたが、居候に気を遣って禁煙するほど私は優しくはなかった。
「ほんとに禁煙しないの?」
「しつこいぞ。それに、するなんて言ったことが1度でもあったか?」
「ある。ていうか、してたじゃん」
「黒歴史はとっとと忘れるようにしてるんでね」
「でも、したらもう少し長生きできるかもよ?できないわけじゃないんだし」
「あと2年3年、煙草なしに生きてもしょうがねえだろ」
「長生きすれば、私といっぱいお話しできるよ!」
「それ、何の得になるの?」
「楽しいじゃん!」
「君はね?」
お決まりのやり取りなのだ。本気で言っているわけではない。煙草も酒もやめて、姪ともう少しだけ生きてみるのも悪くないのかもしれない。いや、そのほうが幸せである気すらする。しかし、いずれ終わりはやってくる。長く幸せになればそれだけその幸せが惜しくなる。死ぬときに、生に縋りついて情けない姿を曝すのは恰好がつかない。その点煙草と酒程度のささやかな幸福であれば、諦めがつくのだ。
この考えを理解しているわけではないにしろ、姪も私の発言が冗談であることくらいは理解している。だからこそいつもならば、ここからさらに噛みついてくるのだ。だが今日の彼女は、妙にしおらしい顔をしていた。
「・・・わかってると思うが、冗談だぞ」
「!・・・うん、わかってる、わかってるよ」
「ならいいが、そういう風に見えなかったんでね」
彼女は押し黙った。1度私の顔を正眼に見つめたが、私と目が合うと慌てて視線を落とした。
「わかっているが、信じられない。そんなところか」
「!?そんなことないよ!」
そうであれば、一瞬たりとも言葉に詰まることはなかっただろう。
「別に怒らないし、それで君を嫌いになることもないよ」
「本当に違うって!」
「そうか?私は時々不安になるがね」
姪は私に複雑な表情を見せた。悲しみと驚きと失意とをシェイクしたような顔。この世の終わりでも来たかのような顔を。
「からかっているだけなんじゃないかって、たまにね。ただのからかいならいいのだが、姉貴あたりと陰でなにかしら企んでいるじゃないかと考えてしまう」
「そんなことしてないよ!」
「わかってる、わかってるよ」
「ほんとだよ!」
「わかっているけど、恐ろしくなる。感情ってのは理性でどうにもならない部分あるんだよ」
「・・・ほんとだもん」
泣きそうな顔になっていた。この顔が見たいわけではなかったが、説明には都合がよかった。
「あくまで一過性のものさ。君のそういう顔か、あるいは真逆の顔を見ると安心できる」
「信じてくれる?」
「誤解しないでくれ。普段は信じてるんだ」
姪は私に飛びついてきた。大嫌いな紫煙が周りを漂っているというのに。いつも苦情を言う煙草臭さが私の体にはあるというのに。
「別に、君を泣かせようと思っていったわけじゃない。ただ、正直になってほしかっただけだ」
「・・・」
「私だって今の君のようになるんだ。だから、君がなっちゃいけないなんてことはないんだよ。それが言いたかっただけなんだ」
パイプを置いた。神聖な煙は少しずつ細くなり、ついには消えた。その前もその後も、今私にしがみついて放す気配のない少女の涙が止まるまで、その嗚咽が止まるまで、私は彼女を抱きしめて頭を撫で続けた。
姪は世間が眠りについても泣き続け、日付が変わるまで私に縋りついたままだった。
「・・・ありがとう」
名残惜しそうに私から離れながら、彼女は言った。
「可愛い姪っ子のためだ、いいってことよ」
「そこは、女の子っていってほしかったな」
泣きはらした後の美しい笑顔を見た。叔父としての決意が少しだけ揺らぐような笑顔だった。
小さく頬に輝く涙を拭い、服装の乱れを正してから洗面所に向かった。すぐに水が激しく何かにぶつかる音が10回聞こえて、10秒してから彼女が戻ってきた。自分が座っていた席に戻り、溜まった息を吐き出し、新しい酸素を深く体に入れて、古い二酸化炭素を大量に吐き出した。随分昔に、私が彼女に教えた泣いた後の処置だった。
「友達がね、友達じゃなかった・・・ううん、友達じゃなくなったの」
快活に、迷いなくはっきりと彼女は言った。
「中学のころからずっーと親友だと思ってたやつがさ、最近の不幸の元凶だったんだ」
「不幸ってのは、またいじめか?」
「またっていうか、途切れたことなんてないよ。程度の違いはあるけどさ。まあ最近は、ちょっとひどかったかな」
悲し気な風を見せないよう努める痛々しい姿が、ちょっとの程を表していた。
「でも、あいつが・・・主犯格っていうのかな?そういうのだったのはちょっと応えたなあ。だって、全然疑ってなかったもん。参ったなあ」
私から受け継がれた口癖が出たことが、全くうれしくなかった。
「でも、私もただの被害者ってわけじゃないしなあ・・・知らなかったわけじゃないし」
無理にでも理性を保とうとしているのがわかった。感情的となって、無茶苦茶を言わないようにしているのが見えた。声色と表情が合っていない。心の底からつらいのに、それを誤魔化そうとしている。
「親友の好きな人が、私を好きになっちゃってさ」
自責の念が、自嘲となって表れた。
「自分でいうのもあれだけどさ、私結構モテるの」
「なんとなく、わかるよ」
「まー、1番肝心な人は全然こっちを見てくれないけどね」
いたずらっぽく笑う少女に、私は「勘弁してくれ」と手振りで示した。悲しくなりすぎるのは避けたかった。
「私は全然そのつもりなくても、男が私のこと好きになっちゃう。まあ、こんなこというと天然ビッチとか言われるんだけどね。でも、ほんとにそんなつもりないんだよ」
そんなことは言われなくてもわかっている。幸か不幸かは別として、なにもせずとも男を魅せてしまう女というのは一定数存在するのだ。
「羨ましがられて陰口叩かれたり、嫉妬されてハブられたり、そんなのにはもうとっくに慣れたけどね。私は男にどう思われても別に気にしないし。告白されてもちゃんと考えてから答えてる・・・まあ、考えが正しいかどうかっていうと、そんなことないんだけど」
それでも彼女なりには考えているのだ。
「今回のはどうすればよかったのかなあ。私、間違ったのかな?ちゃんと断ったんだよ?悪い人じゃないし、それなりに顔もかっこいいし、バスケ部だから体もがっしりしてる。もしあいつが好きになってなかったら、OKしてたかもしれない。でも、やっぱりあいつの顔が浮かんでさ。いい男と付き合うよりも、あいつと友達でいたいって思えてさ。それで、気づいたら断ってた」
自分の責任を完全に放棄しないようにしながらも、少女はこちらを見て控えめに「偉いでしょ?」と主張していた。私は黙って頷いた。それで十分だった。
「でも駄目だったんだなあ。今思えば、あの後すぐからだったのかな?あいつの態度が少しおかしくなったの。普段通り話してても、なんかきっかけ作って話終わらせたり、私ご飯いかなくなったり、遊びにいかなくなったり・・・最近はわかりやすいくらいだけど、思えばあの時から少しずつはじまってた気がする。でもそうなら、私も馬鹿だよね。ほかの奴ならそういうのすぐ気づくのに、あいつのことは全然気付かなかった・・・怖いよねえ、信頼って」
言葉に詰まることが段々と増え、声の震えも徐々にわかりやすくなっていた。限界が近づいている。彼女が迎えるべき限界が。
「きっかけは、なんだったんだ?」
「なんの?」
「友人じゃなくなってたと気づいたきっかけだよ」
「ああ、それね・・・2週間くらい前かな?なんかおかしいなあって思ってた頃に、一緒に帰るの断られてさ。それで、先に帰った振りしてあいつのことつけてみたのね。そしたらさ、私と仲悪いのと集まって・・・わかるでしょ?その話のなかで、全部知っちゃったわけ」
元親友とその新しい友人たちとの会話について、彼女は詳細に聞いていたようだった。しかし感情が、それを私に教えることを、そのためにはっきりと思い出すことを拒絶した。
「やっぱりきついよねえ、信頼してたやつに悪口言われるの。あーそんなこと思ってたんだあってのが全部出てくるの。私についてた嘘が全部わかるの。まだ親友だったはずの頃の話まででてきてさ、もうわかんないよねいつからああいう風に思ってたのか。もしかしたら、最初からなのかな?ぜーんぶそういう陰謀だったりして。だったらすごいよねー・・・なんで私ごときにそんなことするのかわからないけど」
姪の近くに寄った。叔父として抱き締めてやらねばならないと思った。彼女はまだ泣き足りていないのだ。しかし、彼女はそれを認めなかった。これ以上涙を流したくないのだと、私を弱々しく突き放すことで主張した。弱い自分が嫌なのか、泣くことでより悲しくなるのを避けたいのかはわからない。あるいはほかに理由があるのかもしれない。いずれにしても、それはやや無理な背伸びだった。
多少無理にでも抱き締めようとしたが、彼女の決意は固かった。私は叔父としての務めの1つを断念せざるを得なかった。無力感ほど諦めのつかない感情も中々ない。
「で、それからもう大変でさ。なんにも信じられなくなっちゃったの。誰が何言っても嘘に思えて、裏があるように思えて。怖くて怖くて仕方なくてさ、ほかの友達なんて全然信用できないし、お母さんもわからなくなっちゃったし・・・さっきみたいに、おじさんまで疑うようになっちゃってさ・・・もう重症だよね。いままでおじさんを疑ったことって、本当に1回もなかったんだよ。それなのに、急に怖くなっちゃって・・・本当はウザがられてるんじゃないかって・・・嫌われてるんじゃないかって・・・だって、あいつだって私のこと嫌いになってたんだよ・・・中学からの付き合いの親友にも嫌われる私なんて・・・私なんて・・・」
今度こそ無力感を抱くような結果にはしないつもりだった。私は姪を強く抱きしめた。もちろん彼女は抵抗したが、それは先刻よりもずっと弱いものだった。私は姪の抵抗を物ともしない力で、されど彼女を潰さないよう優しさももって彼女を抱きしめ、そして頭を撫でた。
「大丈夫、お前はいい子だ」
「・・・でも」
「私はお前のこと、大好きだぞ」
「・・・本当?」
「お前がどう思おうと、大好きだ」
「嘘じゃない」
「じゃなきゃこうしてない」
「本当に好き?」
「本当に大好きだ。もう強がらなくていい。今は泣いていいんだ」
「・・・やだ、泣きたくない。泣いたら、だって泣いたら」
「今は弱くなっても、悲しくなってもいいんだ。たくさん泣くんだ。後のことは、落ち着いたら考えよう」
堪えられていたものがすべて溢れだしてきた。それは先ほどの涙よりずっと強力で、悲しくて、痛々しいものだった。声は泣き声ではなくもはや悲鳴だった。すべての制御が失われ、感情だけが爆発を続けていた。私よりも小さく細いその体に収まり切れないつらさが、少女の体を突き破って飛び出していた。
私は抱き締める力をさらに強くした。彼女の体が苦しみでバラバラになってしまいそうに思えたのだ。そんなことが起こりえないのはわかっている。しかしそれでも、強く抑えていなければそんな悲劇が起こるように思えて仕方なかったのだ。私の行動に合わせるように、彼女も私に強く抱き着いた。それは私を突き放した力の何倍も強く、多少の痛みすら感じる程だった。しかしその痛みが私のなかで救いとなっていた。彼女がすべてをぶつけてくれているようで、バラバラになりそうなその体を全力で繋ぎとめているようで。
彼女がいつまで苦しみの叫びをあげていたのかはわからない。気づけばそれを止み、部屋は静かになっていた。そしてその静けさに気づいたとき、私の意識も消え失せた。
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目覚めたときは、もう大分明るくなっていた。意識を完全に取り戻して最初に確かめたことは、抱きとめているはずの少女の所在であった。そしてそれが想定通りの場所にいたために、私は自然と笑みをこぼしていた。
姪と交換に、わたしは寝室から衣服を取り出して浴室に向かった。体を動かすという点においては大したことをしていないはずなのに、湯を浴びると重苦しい疲労が抜けていく感じがした。眠っていた姿勢のためだけとは思えない。
時計は10時の終わりを指し示していた。朝食には遅く昼食には早すぎる。そしてブランチという選択をするほど空腹でもなかった。台所に向かってやかんに水を落とし、火にかけた。湯が沸くまでの間に何をするか迷ったが、昨日私より先に眠ったパイプがテーブルの上で未だ惰眠を貪っているのを見つけ、彼を叩き起こした。イタリア製のビリヤードは、スコットランド製のカナディアンと違って聞き分けのいいやつであり、抗議の灰を噴き上げることはなかった。
煙をふかしながら、姪に語るべきことを考えた。彼女の抱える疑心暗鬼と自己嫌悪に対し、私は何を言ってやることができるだろうか。何を言えば彼女の傷ついた心を癒し、希望を持たせることをできるのだろうか。浴室からの戻り掛けに照明を消した部屋の唯一の明かりは、窓から差し込む陽光だけ。その陽光の心地よさが幾分か思考の助けになった。少なくとも、楽観を持ったまま考えることはできた。
やかんが私を呼び出すころには、結論がでていた。なにを言ったところで彼女を完全には癒せないし、当分は彼女は希望を持てないであろう。私は自分で言ったことをすっかり忘れていた。すべては時間が解決してくれるし、時間しか解決してくれないのだ。どれほどかかるかはわからない。完治せずに傷跡が残る可能性も高いだろう。それでも彼女自身がどこかでいつか折り合いをつけるだろう。歳の近い叔父さんにできるのは、鎮痛剤になる言葉をかけてやることくらいだ。
珈琲を淹れた。美味い珈琲だった。
「おはよう」
「今・・・何時?」
「11時半。珈琲、飲むか?」
「ん・・・」
目覚めた姪に言葉をかけた時、やましいことは何1つなかったというのに、いかがわしいな思った。もう少し言葉を選ぶべきだったかもしれない。私は水を再び湯に戻す間に、彼女を支え起こして浴室に向かわせた。着替えを鞄から出してやり、昨日の衣服は選択してやる。彼女の初めての家出が思い出されて、なんだか懐かしかった。
姪が珈琲を1口啜るまでにはさらに30分以上を要した。その時には彼女の目はすっかり覚めて、私に軽食を要求できるまでになっていた。
「昨日は、ごめんね」
炒り卵を作っているとき、彼女は言ってきた。
「なに、姪っ子は叔父さんに甘えるもんだよ」
「でも、一晩中付き合わせちゃったし」
「仕事をしていた頃なら多少困っただろうが、今は貯金暮らしだからね。ちょっと前みたいに、何時になにをしてどんな薬を飲んでなんて規則正しい生活もしてない」
「黒歴史は忘れるんじゃなかったの?」
「都合のいい時以外はね」
会話が弾んだ。昨晩が嘘のように軽快に。しかしどこかに名残が残ってもいる。この軽快さこそが、先ほどの「ごめんね」を最後に昨夜をなかったことにするための手段だった。このままなかったことにして、大好きな叔父さんの家への滞在を心から楽しもうとしている彼女の魂胆がかすかに見えていた。大体はそれに賛成だ。私も愛しの姪との2週間を満喫するつもりではある。しかし、昨夜に決着をつけてからという条件付きではあるが。
「昨日のことだがな」
私が話はじめると、姪の手が止まった。トーストを口に運んでいる途中だった。
「そんなに長く話すつもりはない。ただ、少し言っておきたいことがある」
「むー・・・だから、ごめんって」
「いや、怒ってるんじゃない。そうだとしたら、さっき言ってる」
「じゃあ、なに?」
話題が彼女のお気に召すものでないのは案の定だった。いずれにしても、話したくない。もう終わりにしたいというのが露骨に表情に出ていた。
「これから言うことを今理解しろというつもりはない。ただ、覚えておいてほしい」
「私忘れっぽいから、理解できるときに言ってよ」
「忘れっぽいお前でも、私の言うことなら結構覚えてるだろ?」
「そういうときだけ、私の気持ちを持ち出すんだ。ずるい」
「知らなかったか?大人はずるい生き物なんだよ」
ほんの少しではあるだろうが、彼女が会話に乗ってきたのはわかった。諦めたというのが正しいかもしれない。私が頑固で我儘な死にぞこないであることは、知人友人親戚には有名なのだ。
「君、もっと自分に自信を持ちなさい」
「無理」
「即答せずに最後まで聞きなさい」
「無理!」
「いいから!」
「だって自信なんて持てないよ!私にそのつもりはなかったけど、結果的には親友の好きな奴を取っちゃった女だよ?それに、クラスでも浮いてるし、一部からは嫌われてるし」
「肝心なのは、そのつもりがなかったという点だ」
「え?」
私は珈琲を飲み干して喉を湿らせてから、話を続けた。
「君にそのつもりはなかった。もちろん、自然と出た言動に男を惹きつけるものがあったのだろうし、それは意図せずとも君が男を落とそうとして無意識にやってしまっている質の悪いものなのかもしれない」
「やっぱりだめじゃん」
「だが、君は友人のために男を振り、そしてその後起きたことについて自分に非があると考えた。自己嫌悪にどっぷり浸かって気づいていないようだが、この件、傍から見れば君の元親友の醜い嫉妬の結果で片付く話だ」
「でも、私のやってることって質悪いんでしょ?」
「あんなのもうずいぶんと昔からやってることだろうが。友人だって気づいていたはずだ。それを今になって、自身のために振ってくれたというのに、ただ自身が見向きもされなかったからと言って陰湿にじたばたするほうがおかしい」
「・・・でも」
「まあ聞け。そしてその陰湿なもと親友がじたばたする一方で、君は自分に非ありと考えて自己嫌悪に陥った。私にしてみれば、もう充分報いは受けたと思うがね。さらに言うなら、10代の恋愛ごときでがたがた抜かすなというところだが。まあいずれにせよ、これ以上自分を責める必要はないだろう」
「・・・難しいよ」
「だから今理解できなくていいと言ったんだ。それから、君がモテるという事象に・・・まあ調子にのるとビッチになりかねないからよくないが、自信くらいは持ちなさい。それだけの価値があるから、男が寄ってくるんだとね」
「単純に体が目当てだったのもいたけど・・・」
「そういうのは気にするな。あるいは、それだけ価値ある体をもっているということにしておきなさい。ただ、これは言うまでもないと思うが、自信を持っても告白を受ける相手は選びなさい。それさえ弁えておけば大丈夫だ」
「それは大丈夫!私もうおじさん以外に恋しないから!」
「それはもっとやめておきなさい」
小休止の笑いが2つの口から発せられた。こんなに愉快な説教ははじめてかもしれない。
「疑心暗鬼についてもいくらか言っておく。これはもう言ったと思うが、あれはどうにもならないものだ。だから、自分の中で都合よく解釈して忘れるようにしなさい」
「都合よくってどういうこと?」
「叔父さんは私のことが嫌いかもしれない。でも嫌いな人間の相談なんか聞くだろうか。嫌いな人間のことを一晩中抱き締めているだろうか。嫌いな人間にこうして親身になって説教をするだろうか。もしここまでやってなにか裏に意図があるなら、どれだけ考えても警戒しても仕方ないから諦めよう。どうせ死んじゃうし」
「おじさんはわかりやすいからいいけどさあ」
「この友達は私のことが嫌いかもしれない。でも嫌いな人間とこうして楽しそうに話すだろうか。嫌いな人間とどこかへ出かけようと思うだろうか。もしここまでやってなにか裏があるとしても、今が楽しいからいいや。こんな具合に内心では自分の都合のいいように、思うように考えてみるといい。完全には収まらんが、多少は楽になる」
「うー・・・完全な方法がほしいよお・・・」
「それはあきらめろ。人間には無理だ」
「うー・・・」
机に突っ伏して唸っている少女が無性に可愛く感じられて、私は思わず彼女の頭を撫でた。突然のことに彼女は一瞬動揺して顔を赤くしたが、結局はわたしの為すがままになった。
「まあ、そのうち叔父さんがどれだけいい助言をしてくれたか、わかるときがくるさ」
「それって、おじさんが生きてる間?」
「それはお前次第だなあ。できれば墓前や仏壇の前で報告されるのはご遠慮願いたいが」
「・・・頑張る」
「頑張るな。気楽にやれ」
「頑張るの!」
「聞き分けの悪い姪御殿だ」
これで決着はついた。疑心暗鬼や自己嫌悪の決着ではない、それはまだ始まったばかりだ。ただ私と姪との決着はついた。ようやく、姪との楽しい日々が過ごせるようになったのだ。
とはいえ、その日以降疲れの溜まる日々が続き、煙草も酒も好きなようにできなくなったのだが。
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「色々と、ありがとうね」
「ほんとに送っていかなくていいのかね?荷物、それなりにあるだろ」
「うん。駅まで送られたら、おじさんと別れるの嫌になっちゃうし」
「17の小娘に言われてもうれしくないねえ」
姪の滞在は1週間で終わった。彼女が地元に戻る決心ができたことも、彼女がいる間に私が屍にならなかったことも間違いなくいいことなのだが、一抹の寂しさがあったのが実のところだ。
彼女の顔は、儚さが生じさせる色気を失っていた。代わりに、他人まで明るくし得る溌剌さと快活さを有していた。前者が嫌いなわけではないが、後者のほうが健全で好ましい。
「禁酒禁煙できてたんだから、またはじめちゃだめだよ」
「何を寝ぼけたことを。君がいたから我慢してただけだ」
「だーめ!おじさんは長生きするの!」
「好きな事ができないなら、長生きしても無駄だよ」
「私にまた会えるよ?」
「それのどこにメリットが?」
「ひどい!メリットしかないのに!」
禁酒禁煙をするつもりも、つまらない長生きをするつもりもない。だがそれも悪くないような気が少しだけした。自分の情けない姿が浮かんで、すぐに立ち消えた気の迷いではあったのだが。
「とにかく、長生きしてよ。私、おじさんのお葬式なんて出たくないから」
「いや、長生きしてもいずれは出ることになるだろう。私のほうが上なんだから」
「だーめ。おじさんは私を追いかけて死んで」
「どのみちくたばる身だが、君を追いかけてってのはごめんだね」
「じゃあ私が追いかけちゃうよ?」
「こっちくるんじゃないよ。気持ち悪い」
「そこまでいうことないじゃん!」
いつまでもこんな会話をしていたいような気になった。生への執着が戻ってきている。早く会話を切り上げねばと思う反面、姪をこのまま留め置きたいとも思っている。自然な感情であるとしても、個人的には忌々しい感情だった。
「ほんとに追いかけちゃうよ?私」
「お願いだから勘弁してくれ」
「そんなに嫌?」
「君が嫌というより、姉貴に顔向けできん」
「どうせ向けられないじゃん」
「屁理屈いうんじゃありません」
追いかけられることを心から拒否し恐怖すると同時に、そう言ってくれる存在がいることに満足感を覚えていた。それが例え、ティーンの大人への憧れの解釈違いだとしても。いずれにしても、死に行く私には本心など関係ない。都合よく解釈したまま死ねるのだ。
「それじゃあ、そろそろいくね」
「おう。次会うときは葬式だな」
「やだ。また春に遊びに来るから」
「また禁酒禁煙しなきゃならんのかね」
「私がいたらするの?」
「まあ、未成年相手だからね」
「じゃあ、学校やめてここに住んじゃおうかな」
「冗談でもそんなこというんじゃありません」
姪を小突いた。姉の苦労も、この娘の将来性についても私は知っていた。
「痛い!」
「姉貴がどれだけ頑張って学校通わせてるか知ってるだろ。そんなこというもんじゃない」
「でも、おじさんが長生きするなら喜ぶんじゃない?」
「私より、君が大事なはずだよ」
これ以上はよろしくなかった。後戻りが出来なくなりそうだった。
「ほら、そろそろいけ。電車、乗り過ごすぞ」
「次のもあるし、別にいいじゃん」
「私は早く煙草を吹かしたいんだ。ほら、とっとと出てけ」
「なんでそういうこというかなあ」
文句を言いながらも、姪は床に置いていた鞄を取った。これで本当にお別れなのだろう。
「それじゃあ、またね」
「おう、さいなら」
「またねって言ったのに」
「お前さんはまたねかもしれんが、私はそうじゃないからな」
「やだ。またねって言って」
その顔は、ふざけているようで真剣だった。私だって、「またね」のほうがいい。
「はいはい、またそのうちな」
「絶対だからね!」
「はいはい」
「絶対だからね!」
いくらか粘った後、姪は私の部屋を出ていった。マンションのベランダからそれを見送った時、彼女は振り向いてもう1度言った。
「絶対、また会うから!まだまだいっぱい会うから!」
その日、私は煙草を吸わなかった。食事は栄養を可能な限り考えて、酒も飲まなかった。その結果、翌日医者に心配されることにはなったのだが。
最後半はへべれけ状態で書いた。すまんの。