守り猫
どんなに怖くても、一人じゃなければ乗り越えられることもあります。月のない夜道でのちょっと不思議な出会いです。
暗い夜道を美月は、おっかなびっくり歩いていきます。空を見上げれば小さな星たちがまたたいていますが、夜の空を照らす月は見あたりませんでした。
「今日は新月っていうんだっけ」
怖いのをまぎらわせるようにして、声をだしますが人っ子ひとり通らない住宅街は、街灯の灯りがあっても頼りなく思えました。
美月は小学校六年生ですが、一人で夜道を歩くのが苦手でした。見慣れた壁からは幽霊が顔をだしそうだし、曲がり角からは得体の知れないものが飛び出してきそうです。
「早く薬局に行って帰ろう」
美月は家から歩いて十分ほどの場所にある薬局へ風邪薬を買いに行く途中でした。美月のお母さんが急な高熱をだしたというのに、薬がなく出張中のお父さんは今夜は帰ってきません。
苦しそうなお母さんを見ていることができず、美月は怖いのも忘れて風邪薬を買ってくるからとお財布を持って家から飛び出してしまいました。
美月は怖いのと薬局の閉店時間が迫っているのとで気が気ではありませんでした。これから美月が向かっているタカクラ薬局は美月と美月の両親もお世話になっています。
少し白髪の混じったおじいちゃんとおばあちゃんが二人で開いていました。バイトのお姉さんもいますが、昔からこの町にいるおじいちゃんとおばあちゃんが大好きでした。
ゴトンとどこかで音がします。美月は立ち止まり、呼吸を整えながらあたりを見回します。もう少しで薬局が見えてくるというのに、足がすくんで動けなくなってしまいました。
(どうしよう。怖くて動けない)
近くでギャアギャアと不気味な声が聞こえます。暗がりの中からにゅうっと手がでてきて、お化けに連れ去られてしまうのではないかと思いました。
体が硬直したまま動けなくなってしまった美月は、ごくりと生唾を飲み込みます。一人で家を飛び出してきたことを後悔し始めた時、すぐそばでニャアオウと声がしました。
キョロキョロと声のした方を探して、ふと足元を見ると、つやつやとした黒い毛並みの猫が行儀よく前足をそろえて座っています。顔をあげて美月の方を見る瞳は緑色でした。
「かわいい」
このあたりでは見かけない猫です。美月は怖いのもすっかり忘れてしゃがみこみ、ドキドキしながら話しかけました。
「これからタカクラ薬局に行くの。怖いから一緒に行ってくれる?」
猫に話してしまってから、美月は自分で自分のことをバカだなと思いました。猫が人の話を理解できるわけないと思ったからです。それでもさっきまで怖かった気持ちは嘘のように軽くなっていました。
「早く行かなきゃ」
猫のことは気にせず先を行こうとすると、猫がニャアと鳴いて美月の先を歩き出しました。
「うそでしょ」
信じられないことに猫は美月を守るように堂々と歩いています。まるで小さな騎士のようでした。
「薬局がもうすぐ閉まってしまうの。少し急いでくれる?」
ねこは振り返って美月の顔を見ると、すぐに前を向いて小走りになります。猫とお話ができたみたいでちょっぴり嬉しくなり、笑顔になって後をついていきます。
タカクラ薬局はちょうどお店を閉めるところでした。美月が駆け込むと店を閉めようとしていたおばあちゃんが目を丸くしました。
「こんな時間に一人で来たのかい?」
「お母さんが病気なの」
いつものおばあちゃんの顔を見たらほっとして、泣いてしまいそうになりました。奥からおじいちゃんもでてきて、どうしたのかと心配そうな顔をします。
話を聞いてもらい薬を売ってもらった後、家まで送って行こうかと言うおじいちゃんとおばあちゃんの申し出を断って、一人で帰ることにしました。
本当の孫みたいにかわいがってくれるおじいちゃんとおばあちゃんに手を振って暗がりの中に足を踏み出しました。
怖いのを我慢してしばらく歩いていると、美月の隣をさっきの黒猫が歩いています。
「家まで送ってくれるの?」
黒猫はすました顔で、ナァンと鳴くとまた美月の前を歩いていきます。胸のなかがほっこり暖かくなるのを感じながら、この猫を飼えないかお母さんに頼んでみようと思いました。
美月は自分の家が見えた途端すっかり嬉しくなって走り出しました。玄関を開けるとお母さんが心配そうな顔をして美月を迎えてくれました。
「夜道は大丈夫だった?」
「大丈夫!お薬もちゃんと買ってきたよ」
タカクラ薬局の名前が印字されたビニール袋を得意そうに高々とあげます。
「ありがとう。美月も早く家に入りなさい」
「うん。あとね、お母さん、お願いがあるんだけど」
「何?」
「さっき猫に会ってね、それでね」
振り返って先ほどまで美月のそばにいた黒猫を探します。ですが、どこに行ってしまったのかいつの間にかいなくなっていました。
「もしかして捨て猫?」
「違うの。ちょっと待って」
美月は玄関を出て通りの方を見ましたが、やっぱりいませんでした。美月は残念に思いながら家に入ります。
「美月、大丈夫?」
「なんでもない。私の勘違いだったみたい」
もしかしたらどこかの家で飼われているのかもしれません。また会えたら良いなと思いながら、二階にある自分の部屋に向かいます。
美月の部屋に明かりがついた時、一匹の黒猫が屋根から伝って部屋の中をのぞきます。
美月は黒猫がすぐそばにいることに気づかず、電気を消して部屋を出ていってしまいました。
黒猫はナァンと一声鳴くと、軽やかに屋根から塀へ飛び降ります。暗がりの中へ溶け込むように、どこかへ走り去ってしまいました。
猫は夜や満月、路地裏や妖しいイメージがでてしまいます。日常から離れない、ちょっと不思議なファンタジーを目指しました。読んでいただき、ありがとうございました。