∮平安布陰陽師 共通:弌
【共通1章:恐ろしげなるもの、かようにありけり】
―――きがつくと、私はこの場にいた。
周りは見知らぬまちなみ、多くの人。
私が着ているのはザラリとした布地の着物。足が踏むのは固い土でつくられた地面。ひとつひとつ認識すればわかる。
それらへの知識はあれど己の名、生まれがわからぬというもどかしさがあった。
私は自分の名を思い出すには、なにか行動したほうか良いと考え、まっすぐと道を歩き、私は木々生い茂り、日差しの陰る森の入り口へ着いた。
「きゃああああ」
すると突如、女人の悲鳴があがる。
なんだろう、危険だとは解るのに、体が動いた。
「大丈夫ですか!?」
駆けつけると、黒いモヤが彼女の全身にまとわりついていた。
それを手ではらうと、モヤは消えた。
「……ええ」
地面にへたりこんでいた壮年の女性<にょしょう>は、ゆっくりと立ち上がる。
「よかった」
私は彼女を連れて森を出ようと出口の方を向く。
―――――なんだか、背後から嫌な気配がする。
「ヒサシブリニワカイムスメガクラエル……!」
ハッとして振り返ると、女性の姿はなく、大きな化物が私を見下ろしていた。
奇っ怪たるその姿は、筋肉質な躰に力強げな腕をもつ。
頭に太く鋭い角を携えている。呆気にとられた私は、身動きが取れない。
“死にたくない――――”
意識が途切れ、二度目をあける。まっくらな空間に私はいた。
「《怨霊よ、我が身へ還れ》」
私でないなにかが、呪<まじない>を口にする。
その瞬間、化物が姿を消す。
「……なんだったの?」
その場にただ立ち尽くしていると、茂みがガサリと音を立てた。
また何かがやってくるのか、胸がドクりとした。
私はすぐさまその場から去ろうとするが――――
「娘・あいや、またれい」
男性に呼ばれ、その場にとどまる。
「……」
鼠色の長い髪、室の良い召し物、袴。貴族だろうか。
「我が名は‘花鶏祀夜<あとりびのまつりよ>’――陰陽師だ」
「オンミョウジ……ですか?」
どこかでその単語を聞いたような気がする。
「ついてこい。そなたを陰陽衆へ案内しよう」
どこかでその単語を聞いたような気がする。
「ついてこい。そなたを陰陽衆へ案内しよう」
彼が扇子をバッと開くと、風が揺めいて葉が舞い散った。
●
なぜ彼が私を陰陽師にしたがっているのかよくわからない。
そもそもそれが如何様<いかよう>なものか、まだ話してもらってもいない。
「そんな……突然そのようなわけのわからないことを申されましても。陰陽師とはなんなのでしょう?」
「先刻<せんこく>そなたがやっておったように、人の世を侵さんとす怨霊をしりぞく力を持つ者だ」
無意識のうちにやっていたこと、私の自我には関係のないことだった。
「ふむ、意思無きままにか、であれば尚の事、放ってはおけぬな」
「怨霊を祓うなど……私にはそのような大役はできません」
「――そなたはなぜ怨霊を祓う力があるか、知りたくはないか?」
「はい……知れるものなら、知りたいと思います」
「ならばこう考えてみよ。己に課せられしは
“怨霊を倒し人の世を助ける大層な役目“ではなく“謎を解くため”と」
私は彼と共に、陰陽衆のある屋敷まで向かった。
◆
着いた場所はとても広い屋敷。私は彼の背を追いながら廊下を歩く。
「おや……?」
焦茶の長い髪を背のあたりで結った男性が、花鶏様のほうを見た。
「忠言<ちゅうげん>殿ではないか、久しいな」
花鶏様は男性に駆け寄る。
男性がこちらに微笑まれたのは気のせいだろうか。
「待たせて申し訳ない」
少し会話すると、花鶏様がこちらに戻ってくる。
「いいえ、とんでもございません」
「では中に入るとするか」
彼は戸に手をかけ、スパン!と大きく音を立てる。
周りの方々はこちらに注目した。
「この少女は近々私の女房となった。私が狙っているおなごなので軟派な真似はするでないぞ」
私は驚きのあまり口を開けるしかなかった。
彼の普段の姿は知らないが、周りも唖然としている。
“あの花鶏殿が”“天異の前触れか”“珍妙なり”などざわついている。
「というのは冗談だが、詳しくは話せぬが、同行する相手となった」
―――彼に意見する者はいない。
「陰陽長<おんみょうちょう>」
「なんだ?」
長<おさ>だったのか、妙に偉そうな雰囲気も納得できた。
「編藁<あみわら>家にまた怨霊が出たそうです」
「そうか、あれは忌みじく、念の隠っているだろうからな……」
花鶏様は私を手招き、部屋を出る。どうやらその怨霊を祓いにいくらしい。
私たちは牛車に乗ることになった。
「手をかせ」
彼は高さがあり乗れない私を引いてくださった。
「ありがとうございます」
――――
「今から向かう編藁は貴族の屋敷だ」
「貴族ですか……」
「祓っても何度も怨霊が現れている。といってもこれまで私が祓いに行ったことは無いが……」
記憶はないのに、貴族には良い印象がない。
【共通二章:いみじくも、憎しや】
しばらく話ていると牛車が止まった。
「ついたようだな」
高さがあるが、おりるときは楽しいかもしれない。
どんな屋敷だろうと顔をあげると――――――
信じられないオンボロ邸が目前<がんぜん>にあった。
「編藁は貴族といっても落ちぶれで貧乏と噂はあったが、これほどまでとはな……」
落ちぶれ貧乏、それを先に言っていただきたかった。まだ驚きが半減する。
「お待ちしていた」
出迎えたのは緑髪の男性。武士なのか、刀を腰にさしている。
「ああ、怨霊とは?」
「奥の間にあるかけじくが……」
これはひどい。屋敷の中に入ると、荒れ果てすぎて、床が軋むは、すでに穴があいているはで大変だ。
「来てくださったのですね」
橙の髪をした美人、と思いきや男性が掛け軸の前にいた。
「貴方は?」
「この編藁邸の主です。彼は古くから当家に使えている武士の沱裏巣<たうらす>です」
「では、まず掛け軸を拝見させていただく……」
掛け軸には長い髪の女性が描かれていた。
「なんでも古きに先代が入手した異界からの渡り者らしく、代々家宝として守っていた。らしいです」
らしい、ということは不確かなのか。
「古い代からのわりには新しい……」
「引き継いだばかりなので、これが家宝と聞いたのはついこの前です」
だから家宝の件がふんわりしていたのか。
「先日父が逝き、元より荒れていた邸がごらんの有り様なので……どうぞ笑ってください編藁だけに」
笑えません。
◆
「おや、なにやら外が騒がしいですね?」
屋敷の近くから悲鳴があがる。
「あの屋敷からまた怨霊が出たぞ!!」
―――村人たちが叫ぶ。
「……原因は掛け軸の他にあるようだな」
花鶏さんが言う。掛け軸から怨霊が出たわけではないからだろうか。
「町より先にこの屋敷にある怨霊の温床を破壊せねばならんようだ」
村人は家に逃げこむ。彼らがこのまま外に出られないと困るだろう。
一刻も早くそれをみつけなければ。
直感にまかせて、それの場所を探す。
―――屋敷のどこを探せばいいものか。検討もつかないが、意識を集中させるためにまぶたをとじる。
なにやら暗闇に白くぼんやりとした丸いモヤがかかるのがみえた。
それはどこか、目を閉じたまままっすぐ先へ進む。
ぶつからないように無意識にさけながらそこに止まる。目をあけると、目の前には掛け軸があった。
「花鶏さま!この掛け軸のあたりに……何かを感じます!」
「……ふむ、やはり掛け軸か―――」
花鶏はハッとする。何かに気がついたようだ。掛け軸を避けると――壁に模様があった。
「この掛け軸の下の壁にある印に覚えは?」
「ありません」
彼らは訝しむ。本当に知らないようだ。
「たしかによからぬ気はある。しかしこの呪印まがいの物に怨霊が呼び寄せられていたわけではないな」
花鶏は札を取り出すと、壁に張り付けた。すると、たちまち黒き靄が札を避けながら溢れ出る。
「……これはいったい?」
髪の長い掛け軸に描かれていた女のような妖が浮遊している。
「おそらく、この掛け軸を送ったものが首謀者であろう」
――ということは、彼の父か祖父あたりが怨恨を買ったのかもしれない。
「……奴を封じれば、全て片付くな」
花鶏は札を怨霊へ叩きつける。しかし、焼けこげた。
「……なに!?」
陰陽師の頭領である彼の攻撃が通用しないなんて!
――そして弾かれた怨霊は私に向かって飛んできた。
「きゃああああ!!」
私の足元から、黒く細い糸が溢れ、怨霊を絡めとって地面へ飲み込んだ。
なにがおきたのか、それは私にもわからない。
けれど怨霊がいなくなったことで、屋敷も町人も救われた。
「感謝の言葉もありません貴女は当家の恩人です」
「何事もなくてよかったです」
怨霊は消えたというのに、花鶏様は浮かない顔をしている。
「花鶏様どうかなさいました?」
「いいや……」
「私、余計な真似をしてしまいましたか?」
「許せ、とるにたらぬ怨霊と油断し、そなたを危険にさらした」
彼は申し訳なさそうな表情をしている。
「そのような憂い顔をなさらないでください。私はこのように怪我ひとつなく無事なのですから」
――仕事も済み、本拠地へ戻ることになった。
「まさか陰陽衆に女がいるとはな」
「結構かわいかったなあ」
「あんたらくだらない話してる暇があんなら仕事しな!」
「どうなされました?」
「いずれまたあの女性と会えれば良いのですが……」
「え?」




