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闇姫化伝(やみひめかでん)  作者: 三塚章
第二章 占司殿(せんしでん)の朱(あけ)
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占司殿(せんしでん)の朱(あけ)一

 大陸の真ん中より少し東に外れたところ、低い山に囲まれ、都はあった。盆地の中には都の他にも小高い丘や湖があり、それ自体が大きな箱庭のようだ。

 都もいれこのように二重の塀に覆われていて、山を越え伸びて来るいくつかの道が門へ続いていた。

 外側の、街全体を囲むのが、星明せいみょうの壁。そこに取り付けられた門をくぐると、そこは町人や商人の街だ。区画された通路は昼夜を問わず入る車、出る車でひしめきあっている。中には露天やござが並ぶ通りもある。そのむしろの上では海の近くでもないのに魚の干物が並び、色とりどりの果物が香を競っていた。

 売込の声に立ち止まった役人が、後を通る人並みに押され、あやうく漬物の樽に手を突っ込みそうになって、道行く人の笑いをかっている。

 しかしそのにぎやかな通りの横道を一つ曲がると、壁の一部が剥がれ、中が覗けるような家が並び、異臭が鼻をつく。性別すらも判別できないほどやせこけた人間が一人、壊れた壁によりかかり朽ちかけている。

 その内側、陽明ようみょうの壁の中は、内裏や占司殿せんしでんなど、限られた人間が住む場所。砂利の敷き詰められた道に、青い瓦、白い壁の建物が、計画的に寸分のずれもなく並んでいる。

 この世で一番富める者と、この世で一番貧しき者の住む場所。栄華と没落が一括りで道に転がっている場所。陰と陽の交じりあった混沌のようなこの場所こそ、静楽せいらくの都だった。

 星明の壁の奥、さらに築かれた塀の内側、人工的に作られた森の中に占司殿はあった。

 ここは巫女達の勤める場所であり、都の聖域。うらで政の一端を担う重要な場所でもあった。そしてこの殿から流れる聖なる気は負の気を消しさり、荒ぶる神を都から遠ざけている。

 朱塗りの柱が立ち並ぶ殿あらかの最奥に、巫女長朱の祈祷きとう部屋があった。

 水面を思わせるほど磨かれた木の床。その中心だけ四角く床板がくりぬかれ、剥出しの土が見えている。そこには香木を混ぜた薪がおかれ、小さな火が燃えていた。その火を囲む四方には榊が植えられ、しめ縄で結ばれている。

「うーむ」

 床に座り、首を傾げているのはまだ十にも満たない巫女だった。丸い瞳を眩しそうに細めて、炎の真ん中にくべられた獣の骨を見つめていた。火に熱せられた骨は、ぴきりぴきりと涼やかな音を立てた。巫女は焚火の傍に置かれた火箸を取り、器用に白い塊をはさむ。そして左手に持った厚布に乗せた。

「あちち。さてさて、どんな占が出ているかの」

 骨には、熱で無数の亀裂が入っていた。まるで文を読むようにヒビに視線を走らせる。

「おかしい。おかしいぞい。何度占っても結果が同じじゃ。神が消されておる。これ、玖召くめ、玖召はおるかや」

 呼び掛けに応じて、部屋の戸が開き、中年の巫女が現われた。

「占の結果がでたぞえ。帝に眼通りするぞえ」

「はい、朱様」

 玖召は自分の人生の半分も生きていないような巫女に一つお辞儀をし、後について歩きだした。

 この子供に頭を下げるのに何も不思議なことはない。朱こそ、朝廷お抱えの占い師であり、祓いの巫女達を統率する占司殿の最高責任者なのだから。本来、朱は玖召とたいして変わらない年令のはずだ。だがその容貌は子供のまま変わっていない。その幼い姿さえ、時の流れを支配した証だと噂する者もいる。その真偽のほどは確かではないが。

 廊下に出ると、朱は細く口笛を吹く。どこからともなく垂れた耳の、真白く大きな犬が現われた。朱は当然のようにその犬に跨がる。

かいあかつきの間じゃ」

 白い犬は一つ吠えて返事をすると、トコトコと歩きだした。

 朱はひびの入った骨を持ったまま、占司殿から玉砂利の敷き詰められた中庭を通り、帝の住む殿へと進んだ。すれ違う者達が皆朱に頭を下げた。

 取り次ぎを頼むこともなく、朱は帝のいる暁の間へと乗り込んで行く。

「帝、いるかの」

 部屋にいた者すべてが幼い声に振り返った。どうやら会議の最中だったようだ。高位の印である青の衣を身につけた男達が五人、車座になって座っていた。

「朱殿、なんの取次もなく無礼であろう。それに獣を連込むなと何度いったらわかるのだ!」

 男達の中で一際背の高い役人がいった。

「だまりや。それに獣ではない、こやつの名は魁だといっているのに。わらわのこの物言いも、魁の事も、みな帝に許しをもらっておるわ。御主も帝の側近の一人なれば、いいかげんそれぐらい覚えや」

 せせら笑った朱に、役人は言葉につまる。

 魁から跳び降りると、朱は小さな頭を下げた。

「さて、皆の者。大事な会議に割り込んだこと詫びをいう。されど帝。わらわの占がとんでもないことを言ってきたのじゃ。一言いわせてくりゃれ」

 朱は最奥にある御簾へ顔を向けた。紫の衣をまとった人影が御簾の奥に座っている。だが昼にもかかわらず両端に灯された燭台が作り出す影で顔は見えなかった。

 帝の隣には、もう一つの影があった。帝は一部の者にしかその姿を見せない。声もむやみに下の者には聴かせない。帝の言葉は隣に座す舞扇ぶせんをかいして伝えられる。

「申してみよ」

 舞扇の声はよく通る。帝が口としてこの臣下を選んだのもうなずける。

 朱はヒビの入った骨をかかげる。

繰吟くぎん帝。神の様子がおかしい。どの神もどの神も、ひどくいらついているみたいなのじゃ。国土を覆う力が乱れておる。前々からちと気にはなっておったのじゃが」

「前からとは、具体的にいつだ」

 舞扇の声は静かで、帝の感情を伝えてはこない。

「そうじゃの、十年前といったところか」

 役人達はざわめいた。

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