鳥辺野二
柚木は、動かなかった。ただ、肩を抱いたまま、背を丸めうつむいているだけだ。体を覆う柚木の震えが、少しずつ大きくなっていく。
柚木本人よりもよほど辛そうに、詩虞羅は顔を歪めた。
「迷いました、本当に。この秘密は、死ぬまで抱えていこうと思いました。けれどそれは間違いだった。あなたは強い。きっと早くに伝えていれば、希月様の死を乗り越え、巫女として人々を守っていたでしょうに」
ほとんど囁くように、詩虞羅は語り続けた。
「ひょっとしたら、私はあなたに隠したかったのかも知れない。内心、私が辿り着いた結末に満足していた事を。希月様ではなく、柚木様が生き残った結末に」
(ああ、そうか……)
詩虞羅は、柚木を想っていたのだ。いや、たぶん今でも想っている。鹿子にはそれがわかった。だからこそ、秘密を保てたのだろう。村人を悪者にしても、希月を犠牲にしてまでも、柚木を失いたくはなかったのだ。
「くくく。ははは、あははははは!」
仰け反って、柚木は笑った。狂気を含んだ笑い声だった。
「ははは、なんだ、くだらない。結局のところ、希月を殺したのは私だったのだな」
振動で足の裏が痺れる。地面の下をヒルコが流れているのだろう。玄室の壁にヒビが入
り、骨を割るような不吉な音が響く。
「十年、その秘密を呑み込んでいたのか。さぞつらかったろうな」
薙覇は、静かな笑顔を浮かべたままだ。
「だが」
柚木は元従者の喉元に切っ先を突き付けた。
「今頃、真実を言って何になる。数刻も無く、ヒルコは国中、いや、この世すべてを覆い尽くす。この世にあるものは全て呑み込まれ、純粋な力の塊と帰す。そして、神代の前の混沌に戻るのだ。助かる道はない。私がそう仕組んだのだから」




