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闇姫化伝(やみひめかでん)  作者: 三塚章
第十五章 現身(うつせみ)の
33/38

現身の二

「柚木様、なんで、なんでこんなことを」

 鹿子は膝をついた。吐き気がして、体が震える。寒い。

「柚木様。なぜです」

 膝をついたまま、鹿子は言った。

「お優しかったあなたが、なぜ。何があろうと、こんなことをするようなお方では」

「ずいぶんと買い被られたものだな。私は、自分の呪いを実の妹に移したような人間だぞ」

 柚木は玲帝の像を見やった。穿たれた胸からドス黒いヒルコがあふれだし、前に置かれた棺に流れこんでいる。

「希月様のことですか。しかし、それは仕方のないこと……」

 鹿子の声が擦れていた。

 柚木にはああするしか道はなかったはずだ。

 詩虞羅が哭屠を助けられなかったのだって、唯一荒ぶる神を浄化できる柚木を生かすためだった。そこにいた誰もが最善だと思う選択肢を選んだのだ。例えそれが不幸な結果で終わったとしても。

 柚木は笑った。鹿子の体を貫いた時のように、体をのけ反らせて。ひとしきり笑ったあと、柚木は低い声でいう。

「では、村人はどうだ。自分たちのために呪いを受け、身動きもままならぬ女を殺しても、罪は無いと言うか、鹿子」

「それは」

「私はまだ覚えているよ。呪いとの戦いで消耗しきった希月の顔を。頬はこけ、目は落ち窪み、痛々しくて見られたものではなかった。だが、私は心に焼きつけたのだ。希月の苦しみは、本来私が受けるはずのもの。生まれ育った場所を、人々を守るために、希月も共に戦っていたのだから。そのときはそう信じていた」

「……」

「私は、神を狩って戻ってきた。希月の呪いは解けているはずだった。だが、妹は死んでいたよ。枕元に、碗が転がっていた。首筋には、かきむしった痕があった。毒を盛られた証拠だよ」

 これから先は聞きたくない。

 しかし柚木は忌まわしい話の先を続ける。

「村の人間は、希月を殺したのだ。呪いが移るかも知れない、他の荒ぶる神を呼ぶかも知れない、そんなあいまいな理由で! 皆のため苦しんでいた希月を!」

 柚木の手が握り締められる。手の平に爪が食い込み、血が垂れた。

「希月が復讐など望んでいないのは知っている。だが私はどうすればよかったのだ! 一番守りたかった者を、同じくらいに守りたかった人々に殺された私は! 傷つき、苦しんで、皆のためと思ってやってきた結果がこれか!」

「それでも…… それでもこれは違うような気がします。そんなことをしても希月様は」

 涙で視界の滲む目を凝らしながら、鹿子はゆっくりと立ち上がった。柚木に斬られた場所が焼けるように熱い。

「黙れ。私は転じてしまったのだよ、鹿子」

 柚木の瞳が、殺嘉と淘汰を捕らえた。

「お前は、村の者に復讐するなと私を責める。ならば、私がお前の従者をあやめたとしても恨むまいな?」

 柚木の意図に気づき、鹿子は走った。淘汰にむかう柚木に斬りかかる。まるで膝まで水に浸かったように手足が重い。鹿子が放った一撃はあっさりと弾かれる。

 柚木は殺嘉の背の上で、剣先を下にむけた。

 殺嘉は起き上がれぬまま刀を振り上げようとしたが、切っ先をろくに地面から持ち上げることすらできなかった。

 柚木は殺嘉の体に深く刃を埋めた。咳こんだ殺嘉の唇から血があふれる。指先から力が抜け、柄に血の跡を残して指が離れた。

 柚木を捕らえようとしたのか、淘汰が弱々しく柚木の足首に触れた。殺嘉から刀を抜きながら、柚木はその手を蹴りほどいた。

 淘汰はわずかに顔を上げ、柚木を睨み付けた。

 そのささやかな抵抗を柚木は鼻で笑った。

「結局、太刀筋は直らぬままだったな」 

 刀が振り下ろされた。

 鹿子が悲鳴をあげる。

「殺嘉、淘汰!」

 殺嘉も淘汰も、返事をしなかった。

「わあああ!」 

 鹿子は型も何もなく、力まかせの一撃を放った。柚木はあっさりと払いのける。

「結局、お前も私と同じではないか。従者を殺された恨みで私を殺そうとしたのだから。妹を殺されて、この世を壊そうとしている私とどこが違う!」

 急に鹿子は体の力が抜けるのを感じた。視界に奇妙な光が舞う。頭が重い。ひどい出血をしたときのように足元に力が入らない。何か硬く冷たい物を押しつけられているように、傷口が重かった。

 鹿子は両手を地面につき、肩で息をする。落とした刀が、地面の上で跳ねた。涙がこぼれた。

「符で押さえきれなくなったようだな」

 柚木は、含んだ笑いを浮かべた。

「ここまできたら、私にももう止められぬ」

 柚木は像に打ち込まれたくさびに手を乗せた。

「表に出ているヒルコは、ほんの一部にすぎん。ほとんどはまだ地脈にそって流れながら都に向かっている。噴き出して強い憎しみに触れれば、また新しい荒ぶる神がうまれる。都も、もうすぐ無くなるだろう」

 焼け焦げた匂い。誰かの力ないすすり泣き。地面を這う、人ならぬ物の足音。思い出した光景が、陵墓にくる前に見た物なのか、子供の頃の記憶なのか、鹿子にはもう区別がつかなくなっていた。

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