表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇姫化伝(やみひめかでん)  作者: 三塚章
第一章 神狩りの巫女
3/38

神狩りの巫女三

 長老の家族と囲む鹿鍋はなかなかおいしかった。戸をすべて開け、夜風を入れても夏に火を囲むのだから当然熱かったが、皆で味わえばその暑さも乙なものがある。

 鹿子をもてなすために、特別なときでしか飲まれない貴重な酒が出されている。長老宅は木依を含め五人の孫と一人の息子、その嫁の八人家族で、鹿子達が加わるとにぎやかな食卓になった。

「しかし、驚きました。最初はただ、猪か何かが畑を荒らしている物と思っていましたから」

 長老の息子、火次ほつぎが言った。

「まだ安心はできませんよ。さっき説明した通り、木依君を襲っていたのは転じてしまった神様の家来にすぎません。狂ってしまった大元の神様をもとに戻さないと」

 噛んでいた肉を飲み込んで鹿子は言う。

「明日、私達がなんとかするんで待っていてください。何が起こるかわからないから、本当は今すぐ祓いにいったほうがいいんですけど、夜は不利なんで」

 長老はもう一度お礼を繰り返した。それを耳の端に捕えながら、鹿子は木依のほうをうかがった。

 木依はさっきから黙り込んでいる。もう物心は完全についていて、どんな出来事でも忘れてしまえるほど幼くない年令だ。必死で泣くまいとしているのがいじらしい。

皆がこうしているときはいいが、辛いのは夜になって静かになったときだろう。

 ふと顔を上げた木依に、鹿子はにっこりと笑ってみせた。

「そうだ、木依君、今日一緒に寝ようか」

 木依はびっくりして目を見開いた。

「俺とは?」

 ちゃちゃを入れてきた殺嘉を見事に黙殺して、鹿子は木依にもう一度「どう?」と訊いた。木依はこくんとうなずく。

「あんちゃんふられたー」

 下から二番目の子供、すみが殺嘉をちゃかす。

「ひっでえ、傷心のあんちゃんをいじめないで~」

 殺嘉は澄の首筋をくすぐった。澄はきゃははと笑いながら、あぐらをかいている殺嘉の膝をぺしぺしと叩く。

「殺嘉、澄ちゃん、食事中騒がない」

 長老の手前、どこまでも根が明るい従者が少し恥ずかしくて、たしなめる鹿子の頬が赤かった。

「殺嘉、僕たちは夜のうちに帝に提出する報告書を書いちゃおう。今夜は月がでるから明るいし」

「へいへい。随分溜まってたからね」

 鹿子達祓いは、全員が都にある占司殿せんしでんに使える巫女と従者だ。八百万の神の長たる陽神を祭る大社おおやしろでは、祓い達にうらで行くべき方向と期間を決められ、祓いの旅にでる。

 旅の間にあった祓いや異変は、帝と大社の巫女長みこおさあけに書に記し提出する決まりになっている。

「またなんのかんのいって逃げないでよ。こないだは結局僕が全部まとめて……」

 言い掛けて、淘汰は口をつぐんだ。鹿子も思わず箸を止める。

どこか遠くで遠吠えが聞こえた。狼にも、犬にも似ているが、微妙に違う。きっと荒ぶる神の物だろう。その声はどこかひどく不吉な響きがあった。

「どうかしましたか?」

「いいえ、なんでもないです」

 心配かけまいと、火次の言葉に淘汰が慌てて手を振る。

どうやら気づいたのは祓いの三人だけのようだ。

「心配症なんだよ、淘汰は」

 殺嘉が言外に含ませた意味は、二人にもわかった。

 昼間、手下がやられて、荒ぶる神の頭も警戒をしている。いくら近くで遠吠えが聞こえても、そうすぐには村へ降りてくる事は無い、と言いたいのだろう。

 もちろん、鹿子にもそんな事はわかっている。

鹿子が感じたのは、もっと漠然とした不安だった。この祓いは、いつもと違う。何か嫌な予感がする。

 けれど、ここまで来てしまっては、祓いをやめる事も、そんな根拠のないことを口に出す事もできなかった。


 個人の部屋などという贅沢な物はなく、板の間に布を垂らし、鹿子の寝室が造られた。

布の向こうでは長老達の家族がざこ寝している。 

 様々な寝息を聞きながら、鹿子は木依と一緒に一枚の布団にくるまっていた。

 食事の間中、木依はずっと黙り込んでいた。もう物心は完全についていて、どんな出来事でも忘れてしまえるほど幼くない年令だ。それで目の前で友達を亡くしてしまった傷が深いのだろう。

 皆で賑やかにしているときはいいが、夜の闇と静けさは大人でも耐え難い時がある。だから鹿子は木依と一緒に寝ることにしたのだ。

木依が落ち着かなげに何度も寝返りを打っている。

「眠れないの?」

 鹿子が小さな声で聞いた。木依がうなずく気配がした。

「……。ごめんね。友達、助けにいくの間にあわなくて」

 木依が首をふる。

「ねえ」

 木依の声はかすかだった。 

「お姉さんはどうして祓いをしてるの?」

 荒ぶる神の鳴き声を思い出し、木依は身を震わせた。

 後から追ってくる足音。振るわれた爪を、運よく避けたとき背中に感じた風。立ち向かおうなどと考えることもできなかった。

「怖くないの?」

「んー、戦っているときは怖いなんて思わないな。狂った神様を探しているときは怖いけど」

 一度神に襲いかかられれば、恐怖する余裕は無くなる。死にたくないなら首筋に迫る爪を、腕を噛み切ろうとする牙を、叩きつぶそうとそうとする尾を全力で避けなければならない。戦いを終わらせたければ刀を振るしかない。体を動かすだけで精一杯なのだ。

 それよりは戦いにおもむくときの方が恐ろしい。神を探して山に分け入るとき、生きて里に戻れるか、などつい考えてしまう。同行してくれる殺嘉や淘汰はどうかわからないけれど。

「怖いのに、なんでやめないの?」

 子供らしい、率直な質問だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ