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闇姫化伝(やみひめかでん)  作者: 三塚章
第十二章 傀儡(くぐつ)
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傀儡二

 過刺は木に寄りかかり、腕を組む。戦いには参加せず、高見の見物を決め込むつもりのようだった。

「兵達と同じ、傀儡だよ。よくできているだろう。柚木が造ったんだ」 

「嫌がらせのためだけに、わざわざ術まで使ったの? いい趣味してるよ、本当」

 淘汰がひどくまずい物を飲み込んだような顔をして、過刺と告屠を見比べる。

「わざわざ、告屠さんの姿を似せて……?」

 抑揚のない鹿子の声で、殺嘉は彼女が胸の底で怒りを抱え込んでいるのが事がわかった。小さな拳があまりに強く握り締められたせいで細かく震えている。

 死者を冒涜ぼうとくし、人の過去を掘り返し、心を傷つけ、踏みにじり、嘲笑う。確かに、そんな行為を鹿子が許せるはずもなかった。

 告屠はとても作り物とは思えないなめらかさで唇をなめ、完全に戦意を喪失した詩虞羅にむかって走りだした。

「僕の仇、だよ、薙覇」

「こいつ!」

 鹿子は刀を抜く。

 告屠の刀が詩虞羅にむかって振り上げられた。鹿子は二人の間に割り込み、詩虞羅に迫る刃をはらう。そして返す刀で斬り降ろした。

「よせ、鹿子!」

 朱が声をかけるより早く、鹿子の刀が告屠の肩から脇腹まで真っ赤な線を引いた。血が、刀を伝う。

「え……」

 鹿子は流れる赤い液体を呆然とみつめた。

「クハハハ!」

 告屠が口の端から血を流しながら、笑い声をあげた。その声がしわがれ、低くなっていく。その異様さに、鹿子達は動く事ができなかった。

 曇った鏡に映したように告屠の姿が滲んだ。煙が風に吹き飛ばされるように、その顔が、胴が、手足が粉のようになり宙へ消えていく。その煙の中に、告屠よりも大きな人影が現われた。過刺だった。

 弾かれたように鹿子は振り返った。茂みに立っていたはずの過刺は、いつの間にか消え失せていた。いや、人型となって低木の根元に転がっているのだ。

「幻影呪」

 苦しそうに詩虞羅があえいだ。

 告屠に化けていた過刺の懐から、破けた符が見えた。この符で告屠に化けていたのだろう。

 胸の傷口から滲み出た血で、符は赤黒く染められていた。致命傷だ。すぐではないが、間違いなく失血で死ぬだろう。

 体を大きく斬り裂かれなれながら、過刺は笑った。

「ハハハ。都を守る聖地ともいえる占司殿で、あろうことか巫女が人間を殺すとは。薙覇にさせるつもりだったが、これで面白みが増した」

 鹿子は、艶やかな唇を噛み締めた。

「最初から、ここで殺されるつもりだったのね。占司殿を汚すために」

 肯定の代わりに唇を歪め、過刺は膝をつき、うつぶせに倒れた。

 鹿子の肩が小刻みに震える。神を斬ったことはあっても、人間を斬ったことはない。

 倒れたまま、禍刺が言葉を搾り出す。

「玲帝は確かに治世は下手だった。しかしそれでも心根は優しい人だったよ。繰吟様の恨みを晴らし、この世を道連れにしてやる」

 過刺は笑みを消し、咳こんだ。血の気がみるみる失われていく。呼吸をするたび、擦れた雑音が口から漏れる。

「聖地は穢された。これからますます神が転じるぞ」

「ちいっ」

 殺嘉は舌打ちして、刀を逆手に持ちかえる。そして一気に刃を過刺の背に突き立てた。心臓貫くほど、深々と。

「殺嘉、何を!」

 鹿子が怯えすら混じった驚きの視線を殺嘉にむけた。

「黙れ。こいつは放っておいてもここで死んだ。占司殿の森から運びだす時間もねえ。だったらトドメを刺してやるのが情けってものだろう。朱! 俺が過刺を殺したぞ」

 殺嘉は刀を振って血を払うと、そう宣言した。

 殺したのは鹿子ではなく自分だ。だから、鹿子は罪悪感を感じる必要はないし、占司殿が穢されたのも自分の責任だ。そう鹿子に伝えたかった。

「幻影呪。柚木の使っていた呪じゃの。禍刺は柚木と組んでおったのか」

 朱が唇を噛み締めた。

「鹿子よ」

 朱に名を呼ばれ、鹿子はいたずらを見咎められたように体を強ばらせた。

「占司殿が穢された。都は守りの力を失った。これから、何が起こるか予想ができん。覚悟しておけ」

「はい」

 鹿子が頭を下げた時だった。ざわざわと、神経が逆撫でされるような、不吉な予感に似た感覚に襲われる。

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