表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇姫化伝(やみひめかでん)  作者: 三塚章
第九章 黒龍
25/38

黒龍三

「そうと知っていたら、抵抗などせずおとなしく喰われていたものを」

 そこで初めて舞扇がうつむいた顔をあげた。

「これ以上隠していても、神々の怒りをかうだけでしょう。玲帝を、あなたの兄上を殺 (あや)めたのは私の手の者です」 

「な、何を、何を言っているんだい?」

 兄の死は、病だったのだ。悲しい事だが、起きてしまった事は変えられないから、苦労しながらも――そうとうな苦労だった――何とか現実を受け入れた。

 それなのに、本当は暗殺だった? 舞扇は口うるさいやつだが、私達兄妹のためを思い、誰よりもよく仕えてくれている。そんな舞扇が兄を殺した? 何を言っている?

「私は玲帝よりも、あなた様の方が帝としてふさわしいと思った。ですから、病に見せ掛け玲帝を暗殺したのです」

「なぜ……」

 操吟はそれだけをしぼり出した。

 兄を殺してまで、帝になりたかったわけではなかった。兄の傍ら立ち、補佐をしたかった。優しかった兄のもとで。いや、兄は今でも優しかった。胸にくさびを打ち付けられてなお、妹をゆるそうとしていた。

 そんな兄を、なぜ殺したのか。

「私は、寒村の生まれました」

 身じろぎもしないで舞扇は言った。淡々とした声が虚ろな墓に響く。

「売られた先は、地獄でした。しかし、それでも父母を恨むことはできず、私の恨みは主人と、生まれた村を顧みてくれなかった玲帝に向かいました。生れ付きここで育ったあなた様には、私が初めて絢爛けんらんな内裏を見たときの驚きはわかりますまい。私があばら屋で震えていたとき、帝は絹の布にくるまれていたに違いない。小さな村一つ救うこともできないのに……」

「もういい。舞扇」

「そして、繰吟様に救われた。あなた様は私の才能を認めてくださった。お優しくしてくださった。政も玲帝よりも聡明でいらした。だから私は!」

「やめよ!」

 何かを断ち切るように、操吟は言った。

「兄は、玲帝は、私達を怨んでいる」

 操吟が鏡を拾いあげた。 

「この異変を収めるには、生贄を捧げる必要があるかも知れないねえ。あんたと、この私の命を」

 舞扇を殺したくはない。

 確かに、兄を殺された憎しみはある。それは生きている限り肌に刻まれた焼印のように消えないだろう。これから二度と、舞扇を前にして無邪気に笑えないだろう。

 それでも、操吟は舞扇を殺したくはなかった。憎しみと同じように、今まで共に泣き、笑い、苦しんだこともまた用意に消せる物でもないのだ。

 しかし、それは操吟の個人的な願いにすぎない。今もこの宮廷の外では荒ぶる神が現れている。このまま手をこまねいていては状況は悪化し、民の間に犠牲者が増えるだろう。この異変を止めるためになるならば、私は舞扇を犠牲にしなければならない。個人の心や願いなど、そこに入り込む余地はない。

 操吟は手を叩き、兵を呼んだ。兵は、帝に直接呼ばれた事に驚いていた。

「理由は言わないよ。獄につなげ」

 操吟は舞扇に背をむけた。彼の顔は見られなかった。見れば、たぶん取り乱す。

 舞扇は抵抗もせず、兵にうながされるまま立ち上がったのを気配で知る。

「操吟様」

 穏やかな声で舞扇が名を呼んできた。

「やはり、あなたの方が玲様よりも帝の方がふさわしい」

「……とりあえず、朱に教えておいた方がいいんだろうね」

 そう思った物の、舞扇の足音が遠ざかった後も、操吟は立ち尽くしたまましばらくは動くことができなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ