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闇姫化伝(やみひめかでん)  作者: 三塚章
第九章 黒龍
23/38

黒竜一

 脇息にもたれかかり、操吟は一人で考えこんでいた。あの羽の生えたムカデ。鹿子が浄化し、純粋な力となって散る瞬間、声が聞こえた。「祟る」と。それは、玲帝の声だった。

「あの優しかった兄が、私を呪ってるってのかい……」

 力任せに拳を脇息に叩きつける。

 その時、神経を逆撫でされるような不快な気配を感じ、顔を部屋の隅にむけた。物の影よりもなお黒い塊がわだかまっている。巨大なナメクジのような姿で。

「ヒルコ……」

 見るのはこれが初めてだが、聞いたことはあった。まだ神になる前の、混沌と未熟な力の塊だと。それがこんな所にまで入り込むなんて。誰かに占司殿の者を呼ばせよう。鳴らそうとした手を止める。

ヒルコから目を離さぬまま、そろそろと操吟は立ち上がった。そして飾り棚から一枚の鏡を取り出した。円形で、裏に彫刻のほどこされた手の平ほどの大きさのそれは、兄の形見だった。

物には持ち主の魂が宿るという。生前兄の姿を映していた鏡ならば、波紋のように兄の想いが残っているはずだ。

 ヒルコは神になる前の力の塊。ならば、それにこれを与えてやったらどうなるだろう。兄の魂は、この力の塊を利用しなんらかの形で訴えてこないだろうか。

 黒いヒルコは得に恨みや憎しみなど陰の力の塊だと聞く。その訴えがどういう形で表されるかは分からないが、その訴えは誰かに対する恨みだろう。その恨みが本当に自分に向けられているのか知りたかった。

 死者の想いを、神の眷属けんぞくのヒルコをもてあそぼうなど、我ながら恐ろしい事を考えた物だ。もしも朱がこの考えを聞いたら、頬を真っ赤にして怒るだろうなと考え、少し微笑んだ。

 朱に口寄せで兄の霊でも呼んでもらえばよいのかも知れないが、荒ぶる神の対策で忙しいだろう朱に迷惑をかけたくはなかった。それに、できる限り人を介してではなく直接兄とやりとりがしたかった。こんな不吉な方法でのやりとりだとしても。

 鏡を恐る恐るヒルコの背に乗せる。泥に沈み込むように青銅の鏡はヒルコに呑み込まれて行った。

 ヒルコはまるで毒でも呑まされたように身悶えた。臓器のようにぬめりとした体から枝のように細く伸びる。その先端が二つ割れ、間に小さな牙が生える。体はヘビのように引き伸ばされ、小さな三日月をいくつも束ねたような爪を持つ手足が生えた。

 空気を勢い良く吹き出したような鳴き声をあげ、自分の体を小竜こりゅうの姿に造り上げながら、ヒルコは操吟の喉元目掛けて飛び掛かってきた。空を斬る勢いで、まだ塊切れていない部分がドボドボと落ち床を焦がす。

「チッ!」

 操吟は刀を抜きはらい、自分の腕ほどの大きさの小竜をはじきかえした。

「本気で私を殺そうとしたねえ、兄上」

 目に浮かんだ涙のせいで、竜の姿が滲んだ。

「なんだって、私をそんなに憎むんだい?」

 気のせいではなかった。あの時、兄の声を聞いたのは空耳ではなかった。玲帝は、兄は私を憎んで死んだ。

 操吟の問い掛けに応えたように、龍の姿がほどけた。爪も鱗も宙に広がり、黒い煙になる。その煙に映し出されるように、人影が浮かびあがる。


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