葛の葉の二
空中で半転した荒ぶる神が、凛音めがけて再び突進してきた。どういうわけか、荒ぶる神は彼女を標的に決めたようだ。
鹿子はムカデにむかいに走りながら作戦を練る。
このままでは凛音が押しつぶされてしまう。かといって、この勢いでは斬りつけた所で止まらないだろう。
ならば。
道を譲るように、荒ぶる神の進路からわずかにそれる。
鹿子の真横を無数の足が波打ちながら通りすぎていく。羽ばたきが布を振りたてたような音をたてる。
鹿子は刀を水平に構え、ムカデの胴にそっと刃を当てた。荒ぶる神が突き進む勢いで、魚の鱗のように、翼がそぎ落とされていく。ちぎれた翼が飛び散り、地面に落ちる前に光となって消えていった。時折刃とムカデの背が触れて、ギギッと金属同士が触れる耳障りな音が響く。
均衡を失ったムカデは、散らばった柱や布を巻き込みながら、半円を描くように地面に落ちた。足が土に無数の線を彫った。もうもうとあがる土ぼこりに、ムカデの影が映る。その大きな影に、二つの小さな影が走りよる。
硬い物に斬りつける、涼しげな金属音。淘汰と殺嘉が白刃で描いた銀の弧が、土煙を貫いて輝いた。
弱って動きが鈍くなったムカデの上に飛び乗ると、神の背に刀を突き立てた。ムカデは胴をのけぞらせ、激しく地面を打った。暴れる勢いが弱まり、その体が光の塊になって消えていく。
「はあ、はあ……」
支えが消え、地面に落ちた淘汰は、その格好のまま息を整えていた。
兵達が歓声をあげる。
「凛音様」
鹿子の呼びかけに、凛音は少し驚いたように振り返った。凛音は操吟の前にひざまずく。
「その胸の勾玉……あなたは操吟様なのですね」
「静かにしろ! 私は忍びで来てるのだ。本当の身分を知っているのは詩虞羅だけだが」
隠していた秘密を暴露した鹿子に対してか、ムカデに襲われたからか、少し機嫌が悪そうだった。
幸い、兵達は地面に残された荒ぶる神の痕跡に驚いたり、互いの無事を確認したり、散らばった荷物を拾い集めたりして鹿子の言葉を聞いている者はいないようだった。
鹿子達が戦っている間にしっかり服装を正していた凛音は背筋を正した。
「そうだ。私こそ操吟よ。八百万の神がおかしいと朱から聞いてな。様子を見に都を出て来たのさ。私につきあうハメになった、運の悪い兵士と共にな」
「まさか、帝が直々にいらっしゃるとは」
いつの間に話を聞いていたのか、従者二人が傍にひかえていた。
「そしてあなたは……」
笑いを消して詩虞羅の方へ振り返る。
荒ぶる神を迎え撃つため起きあがろうとした時、詩虞羅は鹿子を間違えて柚木の名で呼んだ。ああいう時は、呼び慣れた名でないと口からでない物だ。
詩虞羅は、静かに鹿子の目を見つめ返した。
「はい。前にも言った通り、私はある巫女に使える従者でした」
静かな口調で、詩虞羅は言った。
自分が言った言葉でどんな反応が起きようと、それを受け入れる覚悟はできているのだろう。
「私が仕えていた巫女の名前は、柚木様」
言った瞬間、従者二人が刀の切っ先を詩虞羅にむけた。
「やはり、柚木様の従者だったのですね」
占司殿は、男子禁制だ。払いの旅に出ない間は、巫女と従者は別々の場所で過ごす。だから鹿子が巫女となってから、占司殿で柚木に会うことはあっても、彼女の従者と顔を合わせることはなかった。考えてみれば、自分の村が襲われたあの時以来かもしれない。
命を救ってくれた恩人に、私の従者が刀をむけている。悪夢か、ひどくタチの悪い冗談みたいだ。
「教えてください。この村で昔、何があったんですか?」




