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闇姫化伝(やみひめかでん)  作者: 三塚章
第一章 神狩りの巫女
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神狩りの巫女二

 鹿子が下りてきた山を後に、なだらかな裾野を扇状に切り開いた形に小さな村はある。

 村に入るやいなや、駆け出してきた大人たちに少年はもみくちゃにされてしまった。

「心配したで木依きよ。山に入ってから帰ってこんし、狼様みたいな鳴き声したもんだから」

「こんなに汚れて、かわいそうに」

 キヨ、というのがこの子の名前らしい。木依が体を洗うため、大人に小川へと連れて行かれたのを見計らって、鹿子は村の者に辛い知らせを告げた。

「一緒だったムラト君はもう…… すみません、間にあわなくて」

「巫女様、いえ、鹿子様、どうもありがとうございました」

 現れた長老はじめ、他の村人達に土下座をされて、巫女は顔をそむけた。

 村に異変が現われたのは、数ヶ月前だという。

 最初は、畑の作物が食べられるだけだった。そのうち、うねや作物にたてた支柱が壊されるようになった。数日前にはつまずくほど深い、爪で掻いた傷跡が畑に残されていて、そこで初めて村の人たちはただの動物ではないと思い始めたそうだ。

 そして今日、とうとう死者が出てしまった。鹿子がこの村についたのは今朝の事。無駄な荷物を置くやいなや、すぐ山の神の様子を見に行ったのだが、遅かった。せめて後一日到着が早ければ。仕方がなかったとは言え、口惜しい。

 気を取り直して明るい声を出す。

「そうだ、私の連れはどうしてます?」

 鹿子はさっき降りて来た山の方を見あげていった。

「さあ、まだお戻りになっていませんが」

 長老が心配そうに眉をひそめた。

 そのとき村を囲む林の隅でがさりと音がした。

「ほい、今帰ったぞ」

 なんとも軽い調子で言って、茂みから出てきたのは背の高い青年だった。

細身だが頑丈そうな体が、若草色に染めた衣に納まっている。猛禽類を思わせる鋭い目をしているが、近寄りがたく無いのは、どこかおもしろがっているような口元のおかげだろう。角髪みずらを結ってはいるが、耳もとでひょうたん型に束ねられている髪は傷みのせいではねてしまい少し収まりが悪そうだった。腰の太刀と、胸に下げた勾玉まがたまの首飾りがよく似合っていた。

「お帰り殺嘉せっか淘汰とうたは?」

「ここに」

 殺嘉の後からもう一人、青年が現れた。こちらは薄蒼の衣を着ている。優美な眉と細い目、薄い唇が、女性のように柔和な印象だ。腰の太刀がその印象に不似合いだった。

「二人とも、どんな感じだった」

 鹿子の顔がわずかに強ばっている。

 殺嘉が大げさに首を振ってみせた。そのおどけた様子とは裏腹に、茶の強い瞳は真剣だった。

「だめだね。完全に鎮守の神様が祟り神に転じちまってる」

 ざわざわと村人達が騒めいた。

 神と崇められるほどに大きくなった力は恐ろしい。その力が転じた勢いで、他の地霊や小さな神々までも引きずられるようにして転じてしまう。鹿子が倒したような狼も、そうして転じた下級の神の一柱だった。

「さっき山の上の社を見てきたが、神はいなかった。転じてどっかをうろついてる証拠だ」

 不安そうな声があがる。

「狼のほかにも、下級の神がいるみたいです」

 淘汰が顔を曇らせる。

「そうね。でももう日が暮れる。明日、本格的に山の中を探しましょう。様子見ありがと、殺嘉、淘汰。見付けた下級神は清めてきた?」

 力の弱い神ならば巫女でなくても清めるのは簡単だ。剣や弓で凝り固まった力を散らしてあげればいい。そうすれば長い年月をかけ、散った力は再び固まり和神となる。

「いや、気配だけでちゃんとした居場所はわかんねえ」

「役立たず」

 ふざけて言った鹿子をまあまあ、となだめる。

「代わりに鹿子に贈り物持って来たんだ」

 ごそごそと茂みからひっぱりだしたのは若い鹿だった。棒に手足をしばられ担ぎ安くしてある。

「へえ、すごいじゃない」

 様子見ついでに狩りをしていた不真面目さはこの際不問にする。

「長老、これ今晩皆で食べましょう」

「ええ、そうですな」

 運ばれて行く鹿を見ている鹿子に、けわしい顔をして淘汰が近づいてきた。

「変だと思いませんか」

 何が、と訊き返さなくても、何のことだかすぐわかる。

「うん、多すぎるよね。前はどこの神様も元気で、腕がなまるかってぐらいだったけど、このごろ、よる村よる村みんな転じてる。私達が回っている所だけがそうなのかしら。他の祓いはどうなんだろう」

「鹿子が荒ぶる神を呼び寄せてるんじゃねえの?」

 けけけ、と笑う殺嘉の頭を一つ殴って、鹿子は考え込んだ。

 なにか、原因があるのだろうか。

 神が転じる原因は、実はよくわかっていない。

土地に住む者の、あまりに強い絶望や悲しみ、憎しみが和神を狂わせるとも言われているし、いわくのある品物を中心に力が集まり、神や荒ぶる神になることもあるという。

「まあ、考えたってしかたあるめえ。すぐにわかるような問題じゃないしな」

「不真面目すぎない、殺嘉」 

 淘汰が軽く眉をひそめた。

「お前が考えすぎなの。さてと、やっぱ鹿は鍋だろ。それとも焼くか?」

 飯の支度でも手伝って来る、と殺嘉は解体される鹿のもとへ行ってしまった。

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