いわれなき咎三
荒ぶる神の気配を頼りに、殺嘉は木々の間を駆けていた。幸い、今夜は足下が見えないほど暗くはない。
「禍刺の兵とかち合わないだろうな……」
そう思いながら駆けるうち、足にまとわりつく草がなくなり、急に走りやすくなった。
気がつくと、周囲はまるで巨大な玉が跳ねたように、木がなぎ倒され、草がめちゃくちゃに踏みしだかれている。どうやら荒ぶる神の通った跡に出たようだ。
「木の倒れ方から上に行ったな。この跡を辿れば登りやすくていいや」
殺嘉は刀を抜いて走り続けた。山頂に近くなったせいか、斜面がきつくなってくる。河の横手に出たようで、右下から水の流れが聞こえて来た。
行く手に岩だなと言えるほど大きな岩が半分地面に埋まっていた。刀と、硬い何かがぶつかる音。どうやら淘汰はこの上で戦っているらしい。
「淘汰、無事か!」
淘汰がその岩の下に駆け寄った時。ふっと頭上が暗くなった。見上げると、イビツな四角い影が星空をさえぎっている。ヌメッとした体。大きな後足。
「うわあああ!」
とっさに殺嘉は真横に身を投げた。
落ちてきたカエルの荒ぶる神は、地面を揺らして殺嘉の隣に叩きつけられた。落ちて来た勢いのまま、斜面を河の方にすべりおりて行く。
地面と木を削る音が響く。舞い上がる土埃は、薄暗いせいで真っ黒な煙にしか見えない。血の代わりの、立ち昇る光の跡が宙に残って消えていった。
「危ねえな淘汰!」
まだどきどきとする胸のままで殺嘉が叫んだ。
「殺嘉? なんでここに?」
駆け降りてきた淘汰は、眉をしかめ、思い切り不愉快そうな顔をしていた。
「い、いや、鹿子に淘汰が心配だから見てこいと言われて……」
「まさか、それでおとなしく僕の所に来たの? 弱ってる鹿子様を一人にしておいて?」
淘汰が抜き身のままだった刀を構え直す。
殺嘉は両手で「まあまあ」となだめる仕草をしながら後ずさった。
「バ、バカ、刀はやめろ。死ぬ、本気で死ぬ!」
「これでも今まで一緒に戦ってきた仲だ。棺ぐらい作ってあげるさ」
言いながらも、さすがに刀を納めた淘汰だったが、目の光は不穏なままだ。
「それよりもあのカエル! 河に落ちて行ったが留め刺さないでいいのか?」
「あの傷だ、ほっとけば死ぬよ。そんなことよりも、僕、鹿子様を頼むって言ったよね? 言ったよね?」
背中をむけて逃げようとした殺嘉の襟首を淘汰が捕らえた。
「ぎゃあああ!」
殺嘉の悲鳴に驚いて、夜の鳥が一羽飛んでいった。




