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闇姫化伝(やみひめかでん)  作者: 三塚章
第四章 黄泉近き場所
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黄泉近き場所二

 むっと湿気が体を包む。そして頭の芯が痺れるような死臭。鹿子は思わず片袖で鼻と口を押さえた。

「臭っせ~!」

 殺嘉の呟きが大きく響いた。

 松明に照らし出された三人の影が、所々柱で補強された土壁に踊った。ゆるい角を曲がり、入り口から差し込む光が途絶えると臭気が一気に強くなった。

 行く手の両端の壁に、大きな棚が取りつけられ、道を狭くしていた。棚の上には長方形の影が乱雑に積み重ねられている。棺桶だった。

「それにしても、わざわざ棺に入れるなんて手間がかかるだろうに」

 淘汰は並ぶ箱を眺めながら呟いた。

「淘汰の村は違うの?」

「僕の所は、死者を御山おやまに返すのです。まあ、平たく言えば野ざらしですね。山の獣が処分してくれますよ」

「そういう言い方をするものではないわ、淘汰。死者が自然に還るように、という祈りが込められているんでしょうから」

「……なあ、ここでこういう話はやめにしないか」

 二人の無神経さに呆れているのか怖がってるのか、殺嘉がポツリと呟いた。

 湿気のせいか、板が腐り落ちている棺桶がほとんどで、隙間から腐乱した死体がのぞき、松明たいまつの炎にぬらりと照らされている。なかには、上に積み上げられた棺桶の重みに耐えかねつぶれてつぶれている物もあった。

「うう、やっぱり二人に着いてきてもらって良かった」

 なんだか、今にも無念を語るこの世ならざる声が聞こえてきそうだった。

 どうやら村の人々は最深部から棺桶を収めて行ったようだ。奥へ行くほど棺桶は古く、傷んでいる。

「希月が亡くなったのは数十年。柚木の妹はもう骨になっているだろうね」

 淘汰が形のいい眉をしかめた。

「大体それぐらいの腐りぐあいの死体を調べればいいでしょう」

「それにしても、どうやって希月の死体を探し出すんだ? 棺桶に名前なんて書いてないだろうし、例え村の奴に聞いたとしても十年前の事で、詳しい場所なんて覚えていないだろう」

「探す当てならあるのよ」

「へえ」

「希月は装飾品を作るのが好きだったの。柚木様は、いつも希月さんが作った腕輪をつけていた。お揃いだって嬉しそうに教えてくれた事があったわ。きっと希月さんはその腕輪と一緒に葬られたと思うの」

 上の物に邪魔され、下の段にある棺桶のふたは開けられそうになかった。鹿子はぐっと腹に力を入れて覚悟を決めると、見当をつけた棺桶をのぞきこんだ。

 干物のような茶褐色の肉がこびりついている骸骨。ほとんど紙屑のようになった着物は辛うじて男物だと分かった。

「希月さんじゃない……」

 その上にあったのは、小さな子供用の棺。これは見る必要はないだろう。次の棺桶の中に入っていたのは、女性のようだったが、腕輪はしていない。

 死、死、死、どこを見ても死ばかりだ。

(私も、荒ぶる神に殺されたらこんな風になるのか……)

 震える足に力を入れて、もう一つの棺に近づく。

 一番上に乗せられた、その棺のフタは、半分崩れ落ちていた。まるで鹿子がここに来て、中に眠る者を見てくれるのを待っていたように。

 殺嘉が松明を棺に近づけてくれる。 

 枯れ木のようになった、元はふっくらしていただろう足。奇妙な蛇のようにねじれた背骨。曲げた竹を並べたようなあばら骨。長い年月でヒビが入った手首の骨の下にはばらばらになった腕輪の玉が散っていた。

「希月さん……」

 その顔を見たとたん、締めあげられたように息が苦しくなった。乾燥したトウモロコシのような希月の歯。それがコケのような緑色に染まっている。

「毒だ……」

 鹿子は、この色を見た事があった。子供の頃、物置のそばで。

 ネズミ返しが悪かったのか、物置にネズミが入り込んだ事があった。大人達は、毒を混ぜた餌を仕掛けた。そして数日後、倉の裏で遊んでいた鹿子は、大人が死んだネズミを捨てる所を見てしまった。堅くなったネズミの、苦しげに開いた口。そこから覗く乾いた歯を染める、毒々しい緑。

 長い間、穢れた場所にいるせいか、受けた衝撃のせいか、脇腹が痛んだ。棚に手をつき、体を支える。

「希月様は、病で亡くなられた? 嘘だ。誰かに毒を飲まされたんだ……」

 額に浮かんだ脂汗を、袖でぬぐう。鹿子はよろけて、棚に手をついて体を支える。

「大丈夫ですか、鹿子様!」

 淘汰が顔色を変えて体を支えてくれた所を見ると、相当ひどい顔をしていたのだろう。

「とにかく、早く外へ」

 促されるままよろよろと洞窟の外に出た所で、鹿子は座り込んだ。

「どこか、横になれる所を……」

 淘汰の言葉に首を振る。

「それよりも、先に穢れを祓わないと。どこか、身を清められる場所を」

 巫女である鹿子は、薄絹のように穢れが体にまとわりついているのを感じた。早くこれを取りのぞきたい。そうすれば、この傷の痛みも少しは楽になるだろう。

 何より、一人でゆっくり希月の歯を染めた緑色の事を考えたかった。

「それでしたら、村のそばに河が」

「河美ノの村だもんね」 

「鹿子、付き添ってやろうか?」

 ニヤニヤとイヤらしさを装った殺嘉の冗談に、ちょっと鹿子の心が軽くなった。

「残念でした。どうせ着物ごと河に浸かるのよ。洗い清めたいしね」

「ちぇ、じゃあおとなしく荷物番してますか」

「そうしてちょうだい」

 鹿子はゆっくりと立ち上がった。


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