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闇姫化伝(やみひめかでん)  作者: 三塚章
第三章 ぬばたまの
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ぬばたまの

※ぬばたまの=黒、夜にかかる枕詞

 柚木が産まれ、そして死んだとされる村は山の中腹にあった。河美ノ(かわみの)村というのがその名前らしい。

 ぐるりと村を囲む、杭を隙間なく立てて作られた壁。一際高い高床の穀物倉の下に、質素な木の小屋が並んでいる。中には地面に掘った穴に柱を立て、それを中心にかやをふいただけのものもあった。畑は木の柵の外にまではみ出して作られていた

「これは巫女様!」

 村人が鹿子に気づいて村の中へかけこんで行く。

 鹿子が村の入り口へたどり着く頃には、もう巫女がやってきた知らせは広がっているようだった。

 数分もたたず、鹿子達は村長の家に通された。

「巫女様が来るということは、まさかこの村の神様が転じてしまったので……?」

 村長むらおさ十拳とつかが鹿子の反応をうかがうように聞いてきた。

「下級神達が何柱かいましたが、どれも弱い物でした。詳しく調べないとわかりませんが、おそらく大きな神様は転じていないかと」

 その鹿子の言葉に、村長はホッとした顔をした。しかし、まだ気がかりがあるというように、完全にその表情から曇りはとれていなかった。

 やはりここでも客人はめずらしいのか、戸の隙間から小声で話し合うさわさわという声がもれ聞こえてくる。家の前に村人達が集まって、中の様子をうかがっているのだろう。鹿子が視線をむけると、戸のすきまから村人達が慌てて顔をそむけるのが見えた。

(あれ……)

 その様子に鹿子は違和感を覚えた。

 普段、村に現れた巫女は、鹿子が恐縮してしまうほどの歓迎を受ける。人々を護る巫女は尊敬の対象だし、遠い町の情報を持っている都からの訪いおとないびとだ。平和な時にはかっこうの娯楽になる。

 普通なら、皆鹿子と目があえば微笑みを返してくれるし、子供などは巫女様の気を引こうと手を振ったり、抱きついたりしてくれる。

 しかし、ここの村人は違った。鹿子の事を恐れているような。でなければ、鹿子に後ろめたさを感じているような。

「一つ、聞きたい事があるのです」

 告げる鹿子の声が、自然に硬くなる。

「十数年前…… 柚木様が亡くなった頃の話を、詳しく教えてくれませんか?」

 ざわついていた村人達が申し合わせたように一斉に口を閉ざした。大人たちの異様な雰囲気に気づいたのだろう。子供達も不安そうに互いの顔を見合わせた。

「ほらほら! 巫女様は村長と大事な話をなさろうとしている。物を知らねえ私らが邪魔しちゃいけない」

 村長の妻が野次馬を追い払いながら、自分も外へと出ていった。

 鹿子は村長を見据えた。村長はさり気なく視線をそらす。膝の上に乗せられた二つの拳を、指が折れそうな程強く握りしめている。

「柚木様は……」

 と村長は語りだした。場所がら、村長はそれこそ生まれた時から柚木を知っているはずだ。それでも相手が巫女となれば、例え両親であっても敬称をつけて呼ばなければならない。

 巫女となった以上は、人ではなく神に近い者となる心構えが必要だ。巫女たちにその自覚をもたせるための物だろう。少し淋しい決まりごとだが、鹿子はそう割り切っていた。

「柚木様は、祓いの時に命を落とされたのです。従者の一人も亡くなられて。生き残られた従者の方が、都へ報告へ行ったので、ご存じだと思うのですが」

 なんで今更そんな事を聞くのかという言外の響きに、鹿子は言葉につまった。

 まさか、柚木が生きていて神を殺し、自分を殺そうとしたなどとは言えない。死んだと思った者が生きていたというだけでも心が乱れるのに、そんな罪を犯したなどと何で言えるだろう。

「占司殿からのお達しでね。亡くなった巫女達の慰霊祭をするのに、どうやって死んだのか調べてこいって言われてるんだ。それを知っておいた方が祈りが届きやすいらしい」

 殺嘉が出してくれた助け船に、鹿子は飛び乗ることにした。

「ええ。というわけで柚木様が亡くなった時の事を詳しく知りたいのです」

「く、詳しくと言われても。村の者は鹿子様が亡くなられた時の事をよく知らないのです」

「え? でもこの村で柚木は死んだって事になってるんだよね?」

 淘汰が言った。

 昔の事を思い出すのが辛いのか、村長はシワだらけの手で顔をなでた。

「荒ぶる神を狩ったあと、柚木様は一度村に戻って来たのです。血塗れになって、真っ白い顔をして、ああ……」

 村長の目から涙が流れた。感情が落ち着くのを待って、また村長は語りだした。

「村につくやいなや、力つきたように気を失われて。数刻後、気づかれてから、まだ傷も癒えていないのに、村を出て行ったのです。一人生き残った従者すら置いて」

「なるほどね。息を引き取る瞬間は見てねえが、怪我で助からなかったろうとフんでたわけか」

 殺嘉の露骨な言い方に怒るでもなく、村長はうなずいた。

「確か、柚木様には妹さんがいましたよね。確か、名前は希月きげつさんで。もしよければ彼女にも話を聞かせてもらいたいのですが」

 鹿の子の言葉に村長はぶるぶると震え出した。

「柚木様の妹君……希月様は……亡くなられました」

「え?」

「柚木様が神を祓い、村に帰ったのを見届けたあと、病で……」

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