エヴァ編06 世代の断絶! かくも深い認識のズレ
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1987 王立宇宙軍 オネアミスの翼(映画)
1988-1989 トップをねらえ!(OAV)
1990-1991 ふしぎの海のナディア(TV)
1991 おたくのビデオ(OAV)
1991 続・おたくのビデオ(OAV)
1995-1996 新世紀エヴァンゲリオン
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「そろそろ出現してくる「オタク第2世代」だ」
「年代でいうとどれくらいになるかな」
「第1世代はストライクが「ガンダム」だからその頃に高校~大学生くらいだろうが、第2はまあ「エヴァ」がその位置に納まると考えていいんだろうな」
「なるほど波で区分出来る訳か」
「1995年に18~25くらいと仮定すると1970年前後から中盤に掛けてくらい生まれになろうか」
「俺らよりかなり上だよな」
「俗にオタク第3世代は正に「エヴァ」を子供の頃に体験することになる。本当に子どもな。小学~中学くらい」
「あれを小学生にはキツいぜ」
「「げんしけん」にガンダムが始まった年に生まれたみたいな台詞がある。1979年生まれと考えると80年前後が第3世代と言えるだろう」
「それでそれで?とりあえず第2世代はエヴァ…というかガイナックスをどう見てたんだよ」
「これが第1世代と全く違うんだな」
「どう違う」
「オネアミスを小学校時代に体験し、そこに続けざまに「トップ」「ナディア」だろ?仮にもオタク名乗るんならもう「神格化」だよ」
「…まあ、そうかな」
「この表だけ観てると分かりにくいが、80年代初頭から中盤は正にガンダムが先鞭をつけたリアルロボットの黄金期だ」
「ああ…」
「もはや戦後ではないじゃないが、この頃になるとテレビアニメそのものも数が増えてきて「子供の娯楽」と言う点では申し分なくなって行く。80年代中盤になるとリアルロボットこそ失速し始めるが、バブル景気で世の中が浮かれはじめる」
「…この頃の子供って楽しかったんだろうな」
「テレビは夜の11時には砂嵐、インターネットも無いがね」
「…でも、ファミコンが出てるよな」
「1984年発売。80年代後半はゲーム機戦争の頃でもある」
「家庭用ゲーム黎明期かあ」
「ただ、この頃はある意味一番「古いアニメ」…70年代のスーパーロボットとか…にアクセスしにくい時代でもある。ビデオデッキ発売が1982年。再放送も地域差があるし、ライブラリ持ってる知り合いに恵まれるかどうか。何より目の前で面白くて垢ぬけた最新アニメやってんだから古いのなんか観るもんか」
「ちょっと待て!オタク第2世代ってガンダムをリアルタイムで観てないのか?」
「観られる訳が無い。生まれたばかりかやっと物心がついたころだぞ?」
「じゃあ、どうやって観てたんだ?」
「そこは再放送だよ。ちゃんと調べてないがこの時代のヒットアニメだから恐ろしい回数が流されたはずだ。もしかして43話という比較的スリムな本数が貢献したかもしれん」
「再放送…」
「フィルムブックが発売されたりするご時世じゃないから、再放送でも順を追って毎週楽しめてたみたいだ。何度も言うが「ガンプラ」は再放送の段階で発売されて人気に火が付いた」
「オタク第1世代のアドバンテージはあるなあ」
「別にアニメに限らんけどね。先達が後輩にはどうしようもないことで威張るのは。「いや~アニメ語るんならガンダムは本放送で観てないとね」とか」
「相変わらずうざいのな」
1987 王立宇宙軍 オネアミスの翼(映画)
「リアルロボットアニメがそろそろ閉塞し始めた頃、オタク第2世代もそろそろ小学校卒業して中学の頃だ。色気づいてアニメなんぞ観なくなってる同年代の友達も大量にいたんだろうな」
「まあな。…で?実際どうなんだよ第2世代的に言うと」
「一人の意見で左右する訳にはいかんが、決して娯楽性の高い映画じゃない。「何だか物凄い」画面になってることは分かるけど、面白くはなかったみたいだ」
「ふん」
「どちらかというと作ってる側も映画青年たちであり、かつ文学青年たちが目一杯背伸びしてる初々しいフィルムだからな」
「だから何なんだってその上から目線は」
「アニメ雑誌を備に読んでれば存在には気付いたみたいだけどアニメファン全員がもろ手を挙げて大ブーム!というムードでは無かったのは間違いない。」
1988-1989 トップをねらえ!(OAV)
1990-1991 ふしぎの海のナディア(TV)
1991 おたくのビデオ(OAV)
1991 続・おたくのビデオ(OAV)
「問題はこの辺からなんだ」
「何が問題なんだよ」
「オタク第2世代は、年齢的にどうしようもないんだが、第1世代ほど「映像作品の蓄積」が自分の中に無い」
「そらそうだ」
「結果どうなるかというと「パロディ」「オマージュ」が通用しない」
「通用しない?」
「元ネタを知らないから「あーあれあれ!」という楽しみ方が出来ないんだ」
「???するとどうなるんだよ」
「マジで感動しちまうんだ」
「何か問題か?」
「大問題だ。庵野監督は岡本喜八監督が大好きでその後「エヴァ」でも盛んに引用する」
「はあ」
「この年代は元ネタを知らんので、「こんな斬新な映像表現が出来るなんて、この人たちはなんて凄いんだ!」…という認識になってしまうんだ」
「あ…」
「この当時の雑誌記事でこんなのがある。全部覚えてる訳じゃないから大意を要約するとこんな感じだ」
『この頃若い人の間でも「トップをねらえ!」や「ふしぎの海のナディア」が人気らしいが、どうにも違和感がある。ガイナックスのアニメなんぞにはそもそもオリジナリティ何か全く無い。何処を切っても「懐かしのあのネタ」パロディが満載のそれで、いい年こいたオタク連中が酒の肴に盛り上がって観て楽しい…という趣向のアニメのはずだ』
「…何…だと?」
『それを元ネタも知らん若いのが観てて面白いという。そんな訳が無いと思って問い詰めてみると、なんと純粋に「新しくて面白い」と感動なんぞしているらしい』
「…は?」
『それは元ネタを知らないことによる美しい勘違いによるものであって、我々から見るとピュアに感動している若い衆には悪いが滑稽だ』
「…」
『この頃のアニメファンの質の低下も嘆かわしい。我々が若い頃には石にかじりついてでも古い作品も「教養として」観たもんだ。ガイナックスのアニメなんぞを観て「新しい」とか言っちゃってる様じゃ先が思いやられるね』
「…まあ、大筋こんな感じだ」
「アニメファン同士ですら「最近の若いもんじゃ駄目だ」論かよ。お前ら幾つだこの老害どもが」
「幾つだってことで言えば30にもなってないオタク第1世代ってことだな。ま、ともかくオタク第1世代は「ガイナックス」のからくりというか趣向は全部分かってるから、その上で観賞する。それこそ酒の肴にしてな」
「…」
「ところがたった数年後に生まれた第2世代ともなると、知識が無いが故にピュアに感動なんぞ“してやがる”ってことになる」
「なるほどこれが世代の断絶か…確かにな」
「オタク第2世代だってアニメ観てない訳じゃない。それどころかかなり観てるんだ。今のオタクってオタクを自称しながらファーストガンダムすら観てないのに恬として恥じないのも珍しくないからな」
「う~む」
「とはいえ、オタク第2世代の気持ちも分かるよ」
「分かるって?」
「オタク第2世代が育ったのは80年代だ。この頃は何だかんだ言ってもオタク第1世代はクリエイター側に回ったと言っても若手の下働きくらいで、80年代のアニメを作ってたのはそれ以前の世代…誤解を恐れずに言えば「ちゃんとした大人」たちさ」
「まあ…そうだな」
「だから、テレビで流れていたり、発売されてたりしている以上その作品は『ちゃんとしたもの』だと思ってる」
「…それはクソつまらんOAVとかを含めてもか?」
「揚げ足を取るなよ。そりゃ例外はあるさ。ともかく、表面的な分かりやすいパロディくらいなら分かる。分かるんだけど、作品の根幹をなす「そこはオリジナルでなきゃダメでしょ」というところであっても平気でパロディ・オマージュしちゃうんだガイナックスって」
「…具体的には?」
「その人の証言によると「トップをねらえ!」の5・6話だな。巨大感を表現するためにスクリーンサイズに敢えてモノクロで製作された酔狂も極まる作品なんだが、これが古い戦争映画のまんまオマージュなんだ」
「へ、へえ…もしかしてモノクロもそのため?」
「流石にそれは偶然と信じたいが…どうかな。ともあれ「幾らなんでもそこまではパクらないだろう」というところまで何から何まで全部だった。オタク第1世代が「ひでー!これはひでーよ!」と転げまわって泣きながら爆笑してるのが目に浮かぶ。別の部屋ではオタク第2世代以降が目を輝かせて燃えてる訳だ」
「…ひどいな」
「オタク第2世代が「真実」を知った時にどういう反応をすると思う?」
「そりゃ」
「裏切ったな!ボクの気持ちを裏切ったんだ!…となる」
「う~ん、そりゃその人がとりわけ純粋だったからでオタク第2世代全員がそうやって「改めてトップをねらえ!を調べ直した」とも思えんがなあ」
「この辺がガイナックスの良くも悪くも「子供」な一面だ。制止が効いてない。「そこまでやっちゃ駄目」なことも平気でやる」
「…でも、「おれたちひょうきん族」や「うる星やつら」のアバンギャルドさもかなりのもんだぞ。ガイナックス一つがそこまで突出してたとも思えんが」
「これはモロに「エヴァ」の最終回にも重なってくるんで言っとくが、オタク第1世代ってシラケ世代と同じだ。要するに「本気で本気のメッセージを伝える」とか「全力を見せる」ことに「照れる」傾向が強い」
「照れる?」
「そうさ。だから最後の最後でパロディやオマージュに逃げるんだな。視聴者が正に一番みたかった「最後の1枚のカード」は絶対に見せない。墓場まで持って行こうとする」
「全く理解できない」
「エヴァ評論華やかなりしころに存在感を示した編集家・竹熊健太郎氏が著書で何度も述べてる表現を使うなら「パンツを脱いで踊って見せた」ってところさ」
「??」
「オタク第1世代ってのは、何事においても「本気」ではやらないんだよ。少なくとも「本気なんかじゃありませんよー!」というポーズを崩さないってことなんだ」
「はあ」
「推測するしかないが、恐らくオタク第0世代のクリエイターたちはアニメ制作に賭けてはいただろうが、本当に本気で「自分の全てをさらけだして」いたかといえば恐らくそれはない」
「…仕事だもん。大人がそんなこと出来んよ」
「する意義も感じて無かっただろう。そもそも人生の中で「アニメ」が占める位置が相対的に小さい」
「ま、大人だしな」
「しかし、オタク第1世代はそれこそ小さいころからアニメばっかり見てきた最初の世代だ」
「でも、ガンダムが高校生くらいなんだろ?」
「ロボットアニメはガンダムで始まった訳じゃないぞ。70年代のスーパーロボットアニメ軍団観ながら小学生時代を過ごしてるんだ」
「あ…そっか」
「レゾンデートルに悩むのは若者の特権さ。オタク第1世代もそろそろ大人になって来たとき、自分たちにはオタク第0世代ほどの分厚い人生体験も無いし、映像体験としても貧弱だ。仮に全てをさらけ出したとしても、実はそこはカラッポで何も無いんじゃないのか!?という「恐怖」にずっと苛まれてる」
「…そうなの?」
「だから『本気の自分』を見せない様に照れ隠しでパロディやらで覆い隠すんだ。それこそ自分たちがやってたように、どこから突っ込まれても「いやーこれは〇〇のオマージュでさあ」みたいに言い逃れられる様に」
「…なんでそこまで警戒するんだよ」
「それこそ「針鼠のジレンマ」って奴だろ?」
「あっ…!」
「ぶっちゃけ今のオタクには無縁の悩みだよ。そもそもどうして「アニメ観てる自分」にのた打ち回りながら苦しんでるのかサッパリ分からん」
「ああ。分からん」
「ともあれ、4年ほどの断絶を経て遂に動き出す」
「中々動き出さんのだが」
「確かに回り道はしてるが、どれも欠くべからざる情報だ。そうだろ?」
「まあ…そうかな」
「ちなみにさらっとだけ触れとくが、「新世紀エヴァンゲリオン」のイメージはかなり「謎の円盤UFO」に似てる」
「何だそれ?」
「イギリス発のドラマで、オタク第1世代にはお馴染みなんだそうだ」
「へー」
「そもそもネルフがシャドーそのまんまだ」
「シャドーっていうんだ」
「そうそう。碇ゲンドウとストレイカー司令はそっくり。キャラ配置にしても冬月、加持、ミサトさんに当たるキャラもいる」
「あ…相変わらずオリジナリティないんだな」
「こういう情報を聞かされると、エヴァ信奉者の若いファンは「そんなはずはない!エヴァにオリジナリティが無いなんてことがある筈が無い!」と真っ赤になって否定したりするって現象もおなじみだ」
「…罪作りな」
「意地の悪いオタク第1世代は、こうやって若いファンをからかうのが楽しくて仕方なくてそればっかりやってたそうだ」
「いつか刺されるぞ」
「でも「オリジナリティが無い」ってのは別に非難には当たらない。そもそも作り手自身が「オリジナリティを出そう」だなんてこれっぽっちも思ってないんだから」
「いや、それはないだろ」
「これは完全に違うと言い切れる。今だって「もうアニメやゲームは終わりだ。似たようなものばかり」なんて評があるが、90年代ところか80年代には散々言われてた。ガイナックスは「オリジナリティなど不要!既存のものの寄せ集めで結果的に新しいものが作れることを証明する!」ってな意気込みでやってんだから全く問題ない訳だ」
「いや、それにしても…」
「この「オリジナリティなるものの呪縛」は結果的に「エヴァ崩壊」というか、あの最終回に直結するトピックだから覚えておいてくれ」
「で?そろそろ本編に入れるのかね」
「すまん。次から本気出す」




