「新世紀エヴァンゲリオン」について 01
「正直、余りにも書くことが多すぎてどこから手を付けていいのか分からん」
「まあな」
「なので可能な限り中身には踏み込まないことにする」
「使徒がどうこうとか、セカンドインパクトがどうこうだな」
「そう。そういうのはダムをせき止めるくらい出版された「謎本」系で読んでくれ」
「1つ前のコラムで「宮崎勤事件」について取り上げたな」
「ああ」
「実はそれ以外にも社会情勢として書くべきことがある」
「ほう」
「なるべくポイントを絞り込むが『バブル崩壊後』と『ノストラダムスの大予言』は絶対に外せない」
「オウムとかは」
「それは独立させるからちょっと待て。まずはバブルから」(以下、全てWikipediaより)
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バブル景気は、景気動向指数(CI)上は、1986年(昭和61年)12月から1991年(平成3年)2月[1]までの51か月間に、日本で起こった資産価格の上昇と好景気、およびそれに付随して起こった社会現象とされる。情勢自体はバブル経済と同一であり、平成景気や平成バブル景気とも呼ばれる[2][3] 。日本国政府の公式見解では数値上、第11循環という呼称で、指標を示している。
ただし、多くの人が好景気の雰囲気を感じ始めたのは1988年頃からであり[要出典]、政府見解では、1992年2月までこの好景気の雰囲気は維持されていたと考えられている
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「1986年ってーとZからZZに移り変わるあたりか」
「恐らくアニメ評論でバブル景気とここまでリンクさせたものは無いだろうな。オレが読んでないだけかもしれんが」
「それにしても80年代ってそんなに浮かれた世相だったのか」
「ファミコンがぶいぶい言わせてた頃で、高度経済成長の70年代が終わって愈々ってところだ」
「オイルショックはいつだっけ?」
「1973~5くらいだな。1974年にはプロ野球の長嶋茂雄が引退してる。その10年後くらい」
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1980年代後半には、東京都の山手線内側の土地価格でアメリカ全土が買えるという算出結果となるほど日本の土地価格は高騰し、日経平均株価は1989年(平成元年)12月29日の大納会には、史上最高値38,957円44銭を付けるなどし、資産価格のバブル化が起こっていた。このことを指して「バブル経済」と呼ばれる。
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「土地の値段が上がった訳か」
「バブルの原因のほぼ全てが「土地の値段は決して下がらず上がり続ける一方である」という土地神話だよ。何十億円、いや何百億円出して買ってもそれ以上になるんだからそりゃ現金の行き来は凄まじくなるわな」
「それにしても日経平均株価が4万円近いって凄まじいな」
「これを書いている平成27(2015)年で2万円を久しぶりに突破して大騒ぎになってるからな」
「確か一番低かったときって7千円くらいか」
「とにかく猛烈に浮かれ騒いでた。都内ではタクシーが捕まらなくて、止まった瞬間に万札が投げ込まれる有様だったらしい」
「…は?」
「要するに「オレが先だ!」と言う意思表示だろう」
「何なんだよ」
「バブル時代を描いたフィクションもこの頃は登場して来てるからそういうのを観て雰囲気を掴むしかないな」
「余り知りたくないな」
「当然これにも終わりが来る」
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バブル崩壊は、日本のバブル景気後退期または後退期末期から景気回復に転じるまでの期間を指す。
内閣府景気基準日付でのバブル崩壊期間(平成不況(第1次平成不況)や複合不況とも呼ばれる)は、1991年(平成3年)3月から1993年(平成5年)10月までの景気後退期を指す。
バブル崩壊により1973年(昭和48年)12月から続いた安定成長期は終わり、失われた20年と呼ばれる低成長期に突入した。
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「あ~あ」
「ここから『失われた20年』が幕を開ける訳だ」
「1991年ってーと」
1979-1980 機動戦士ガンダム 全43話
1980
1981
1982
1983
1984
1985-1986 機動戦士Ζガンダム 全50話
1986-1987 機動戦士ガンダムΖΖ 全47話
1987
1988
1989 (宮崎勤事件)
1990 *この辺までバブル景気*
1991 *バブル崩壊*
1992
1993-1994 機動戦士Vガンダム 全51話
1994-1995 機動武闘伝Gガンダム 全49話
「こんな感じか」
「そうそう。当時を知る人によると、とにかく世相が暗かったらしい」
「へー」
「不良債権、政界スキャンダル、デフレ、不景気、自殺率の増加、凶悪犯罪…」
「あーあーあー」
「直前まで浮かれてただけにショックは大きいわな」
「そこにあいつが追い打ちをかける訳だ」
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『ノストラダムスの大予言』(ノストラダムスのだいよげん)は、1973年に祥伝社から発行された五島勉の著書。フランスの医師・占星術師ノストラダムスが著した『予言集』(初版1555年)について、彼の伝記や逸話を交えて解釈するという体裁をとっていた。その中で、1999年7の月に人類が滅亡するという解釈を掲載したことにより、公害問題などで将来に対する不安を抱えていた当時の日本でベストセラーとなった。実質的に日本のノストラダムス現象の幕開けとなった著作である。
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「最初に発売されたのが1973年かあ。ガンダムの6年前」
「これまた当時を知る人に聞いてみたんだが、何しろ25年後に世界が終わるって話だろ?」
「遠いよな」
「これがまた絶妙な遠さなんだと」
「はあ」
「5年や10年後だと『嘘だあ』と相手にされないし、50年後だと『どうでもいい』となる。けど、キリのいい1999年で25年後。読んでる人間も生きてるか死んでるか微妙な近未来ってわけだ」
「なるほどねえ」
「とにかく!これが大事なんだけど、世の中には至らんことが沢山ある」
「まあ…あるな」
「政治家は悪いことばっかりする。中途半端なイケメン若手みたいなのだらけになったのは最近で、漢字もロクに読めん様な野卑な妖怪かヒキガエル、贔屓目に言ってもヤクザみたいなジジイが政治を牛耳ってる」
「主観だらけだな」
「ちなみにベトナム戦争は1963~1975年くらい。その後民主党カーター大統領の弱腰政治から共和党レーガン~ブッシュ(シニア)大統領のタカ派路線になった頃が日本でのバブル~崩壊時代だ」
「ソ連崩壊が1989年、湾岸戦争が1991年だな」
「そう。80年代後半と言えば、公害は…大分良くなったとはいえまだまだ蔓延してるし、大企業はやっぱり悪いことばっかりしてる。世界中には人類を何百回も殺し尽くせるだけの核兵器があって何時発射されるかもわからない。東西冷戦は深刻で、いつ「悪の帝国」ソビエトが本気を出すか分からん」
「大げさな」
「どうもこれが全くおおげさじゃないらしいんだ。当時の日本人は「ノストラダムスの大予言」が本当に到来すると半ば本気で信じてたらしい」
「何を言ってんだ」
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「1999年7の月に恐怖の大王が来るだろう」
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「…ってな内容だが、これが日本文化に与えた影響の大きさは凄まじい。「北斗の拳」だって「199X年」に核戦争が起こったことが示唆されてる。完全にノストラダムス影響下のフィクションだ」
「とっくに過ぎちまったな」
「Xに入る数字は一桁であるとは限らんぞ?変数なんだから」
「え…じゃあ16にすると」
「2015年だ。まあ冗談はさておき、別にオカルトを信じてたんじゃなくて、環境破壊やら核戦争なんかの原因で滅ぶんじゃないか?と信じてたんだな」
「核戦争ねえ…」
「アメコミの「ウォッチメン」なんかもそうだし、傑作漫画「寄生獣」は露骨に「おごれる人類の環境破壊によって地球は滅ぶ」みたいな価値観で描かれてる」
「む~ん、ちと古いな」
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(日本において「ノストラダムスの大予言は」・引用者注)キリスト教やユダヤ教の終末論とはかけ離れた終末思想を生み出し、深刻に受け止めた若い世代の読者が、世界や日本の未来のみならず自己の未来をも暗澹たるものと考えてしまったため刹那的な行動に走ったり、将来設計を怠るなどの問題があったという見方がある[要出典]。
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「終末思想か…まあ、いつの世にもあるよな」
「末法思想の親戚みたいなもんだ」
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末法思想とは、釈迦が説いた正しい教えが世で行われ修行して悟る人がいる時代(正法)が過ぎると、次に教えが行われても外見だけが修行者に似るだけで悟る人がいない時代(像法)が来て、その次には人も世も最悪となり正法がまったく行われない時代(=末法)が来る、とする歴史観のこと[1]。
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「何これ?」
「ざっくり言うと「今の世の中は最悪だ。もうすぐ終わるぞ!」っつー仏教による古い時代のノストラダムスの大予言みたいな話だよ」
「はあ…これって1999年みたいな分かりやすい到来時期って示されてるのか?」
「一応あるみたいだ」
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日本では平安時代の頃から現実化してきた。平安初期には(まだ一般的ではなかったものの)すでに最澄や景戒には、末法であるとの自覚が見られる[1]。一般的には、特に1052年(永承7年)は末法元年とされ人々に恐れられ、盛んに経塚造営が行われた[2]。 この時代は貴族の摂関政治が衰え院政へと向かう時期で、また武士が台頭しつつもあり、治安の乱れも激しく、民衆の不安は増大しつつあった。
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「1052年か…」
「しょーこりもなくこの後にもある」
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室町時代後期、戦国時代に入ると、寺社勢力は金融の担い手となっており度々土一揆に襲われたり、千年近くかけて有力寺社が自墾・寄進で増やしてきた寺社本所領が地方豪族によって横領されるなど寺社の経営基盤が大きく揺らいだ。また、この時代の寺社の多くは土一揆に備えたことをきっかけとして施設を要塞化、僧侶は武装、僧兵と化し、日々の修行よりも戦いに明け暮れ、人を殺めるようになり、浄土真宗や比叡山のように戦国大名と交戦したものもあった。また東大寺のように施設を拠点に利用され戦乱の舞台となり焼失した事例も少なくない。人々はこうした数々の出来事を見て、まさに末世が到来した、と判断した。
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「何だよこれ。なにかっつーと「世界は終わる終わる」って言ってるだけじゃねえか」
「そういうこと。ちなみに輪廻転生みたくぐるぐる回る世界観じゃなくて「最後の審判」が来て何もかも終わる一方通行の宗教的世界観を持つキリスト教文化圏でもしょっちゅう「もうこの世は終わりだ!」ってんで盛り上がってるみたいだ」
「はあ…」
「携挙なんかがそれだわな」
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携挙(けいきょ、英語:Rapture)とは、プロテスタントにおけるキリスト教終末論で、未来の主イエス・キリストの再臨において起こると信じられていることである。まず神のすべての聖徒の霊が、復活の体を与えられ、霊と体が結び合わされ、最初のよみがえりを経験し、主と会う。次に地上にあるすべての真のクリスチャンが空中で主と会い、不死の体を与えられ、体のよみがえりを経験する。
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「何言ってんだかサッパリ分からんのだが」
「要するにある日突然「神を信じるもの」だけがこの世から助けてもらって地上から脱出出来て、その後ハルマゲドンみたいなのが来てこの世は滅ぶ…みたいな思想だよ」
「妄想だな」
「大きな宗教団体がしょっちゅう集団自殺事件起こすだろ?一足先に行きますよって訳」
「む~ん」
「大げさに言えば先進国は1945年に大きな戦争が終わって、色んな意味で物凄く青臭い思想があったんだけど何もかも上手く行かないことを徐々に悟って大人になって行ってるみたいな感じかな」
「何を言いだしてんだよ」
「共産主義革命何かがそうで、正直働き者とサボり魔を同列に並べた経済論が上手く行くなんてありえないんだけど、当時は本当に熱狂的だったみたいだ」
「へー」
「人類最大の悲劇的思想実験だ。よりによって人類最大版図を持つ国で試され、70年回り道した挙句に数えきれないほどの粛清その他の犠牲者を出してやっと失敗と分かった」
「馬鹿な話だ」
「オレなんざ経済の事はサッパリわからんが、「セイの法則」を基礎にしてるってだけで妄想だと分かるぞ」
「?アニメ版寄生獣か」
「そりゃ「セイの格率」!それじゃなくて「セイの法則」!とにかくどうして当時の人々…特にインテリが共産主義にかぶれたかだ」
「馬鹿だからじゃねえの」
「これは文献だが曰く「科学的に納得できたから」なんだと」
「???」
「この「信じて、裏切られる」往生際の悪さは後で出て来るんで覚えておいてくれ」
「はあ…」
「この「理性的に考え抜いた結果、間違いないと確信出来、熱狂的に信奉するに足る思想」を信じてのめり込んだ勘違い青春野郎どもはその後「団塊の世代」と呼ばれて社会の中核を担う様になる」
「日本のガンか」
「おい!」
「違うのか」
「このコラムではこれ以上踏み込まないが、当時の「進歩的」(爆失笑)な言論空間でどうしても共産主義びいきの論調が目立つのは、ありし日の理想を追ったはずの革命が結局失敗し、思うとおりにならなかった日本なんてどうでもいいから破壊しちまおう…というヤケクソ気味の考え方もあったらしい」
「死んでくれ」
「この辺は世界史の話になるが、「ネップマン」という用語をググってみてくれ。いかに共産主義が理想先行かが分かるぞ」
「変身ヒーローか?」
「そんな夢のあるもんじゃねえよ。ともかく裕福な学生の思想ごっこから始まった東大紛争~あさま山荘事件~日本赤軍と純粋な思いで突進していたはずの若者たちは狂気のカルト集団と化して世界中に迷惑をかけまくる」
「(自主規制)」
「90年代前半の話をするはずが70年代まで遡っちまったが大事なんで続ける。結局「世の中が変わる!」と信じてたのに革命の夢が破れた連中は勝手に燃え尽きて世の中には「シラケ」ムードが蔓延する」
「なんつうー迷惑な」
「この時代の学生を「シラケ世代」という訳だが、オタク第一世代とほぼ同じ年代だ」
「オタク第一世代というと…」
「一般的には「機動戦士ガンダム」の放送時点で高校~大学生だったくらいの年代とそれ以前くらいを纏めて呼ぶとされてる」
「ガンダムが1979年だから、1960年代後半くらい生まれって感じか」
「そんなもんかな。昭和でいうと30年代半ばから40年くらいだろう」
「ふん」
「正直、デカい顔ばかりして暑苦しい団塊の世代ってゆとり世代から見ると余りいいイメージ無いんだけど、熱狂の後の落胆は分からんでもない」
「そうかな」
「実際にその時代が到来してみるとイメージが違ってたのと同じで、チューブの中を通る未来カーなんてどこにも走ってない」
「あはは…ねーよ」
「どうしてノストラダムスがあんなに持て囃されたかだが、こうした社会的背景はあるだろうな」
「はぁ?」
「今もって一番人口が多い団塊の世代にとってみれば、革命の夢破れた後の世界なんてどうでもいいんだよ。するとそこに「もうこの世は終わりますよ」という「予言書」がブームになった」
「…まさかとは思うが終末を望んでた?」
「終末思想ってのはそういうもんさ。「全部壊れちまえ!」ってなもんで、何もかもムチャクチャになる破滅のイメージそのものが甘美な娯楽だったのさ」
「付き合い切れん」
「とはいえ、後の世代はそんなもんに付き合ってやる必要なんぞありゃせんからな。心置きなくスーパーロボットアニメに夢中ですよ」
「…世の中平和です」
「「新造人間キャシャーン」やら「宇宙猿人ゴリ(スペクトルマン)」みたいに環境問題を扱ったフィクションは多い。また、キューバ危機に代表される「全面核戦争への恐怖」は80年代を彩るキーワードだ」
「キューバ危機そのものはもっと古いよな」
「イメージの話だ。ちゃんと調べてないが「全面核戦争」もののフィクションは相当あるだろう。さっきも話が出た「北斗の拳」なんてモロだし」
「そうか…」
「そして「新世紀エヴァンゲリオン」もまた「ノストラダムスフィクション」の申し子だってこと」
「ンなアホな…いやそうか」
「1995年だぞ?」
「でもさあ、まだ5年あるじゃんか」
「これがタイミングとしては絶妙で、実はほぼ最後の「ノストラダムスブーム」はこの頃らしいんだ」
「どして」
「今じゃ『なんだってー!』のコラでしかお目に掛かれないMMRはノストラダムスと心中する道を選んで1999年に入ってもノストラダムスネタで攻めまくったんだが、まともな判断力をしてれば実質的に「ノストラダムスネタ」で盛り上げられる最後の時期だったんだ。1995年ってのは」
「そうなのか?」
「何しろ、1997年だの1998年になっちゃうと「世界の破滅・終末」ったって「来年・再来年」の話になってくる。遠い将来でも何でもなくて「地に足の付いた未来」の話だ」
「まあ…」
「それこそ「1999年に卒業だから入学願書書いて」みたいに「生活臭」まみれになっちまえば終末もクソもあるもんか」
「あはは…」
「そして、エヴァの前に打ち上げ花火を上げた集団がいる」
「遂に来たか」
「と言うことで次はその辺を」




