DQN(キラキラ)ネームについて
「この頃、とても読めないような奇抜な名前を子供に付けるのが流行してるな」
「ああ」
「あれについてどう思う?」
「折角なんで一部引用しよう」
振門体
嘉緒翠
芽凸
芯次威
萌羅等南
陽
京桜靖
ビス湖
大描夢
赤苺
美波瑠璃
羅似
美々魅
愛保
とっぽ(とっぽ)
束生夏
星影夢
神生理
陽夏照
空々(くうそ)
流墨愛
姫奈
奇跡
おかし子
雅龍
美依羅
新愛
炎皇斗
愛ん(あみん)
沖九風
△□一
月夢杏
男
本気
出
結空祷
黄熊
皇帝
愛々(なでぃあ)
礼
総和
琉絆空
晴日
馬周
大大
「他にもあるが、まあこんな感じかな」
「なんかムチャクチャなんだが…」
「とはいえ、気持ちは分かる」
「何でだよ」
「そもそもの前提として、我が国は「言霊」の国であるという前提が必要だ」
「何だよそれは」
「簡単に言えば『言ったことは実現する』という思想、考え方のことだ」
「アホらしい。雨が降るって言えば降るのかよ」
「古代ではそう信じられてきた。だから日本の為政者たちは只管和歌を詠んで言葉を紡ぐことこそが政治だと思ってたわけだ」
「しかし、そんな非科学的な」
「そうでもない。今だって忌み言葉とか言い換えとかがあるだろ」
「…結婚式とかのか」
「そう。『終わりです』って言うと結婚生活も終わっちゃうみたいだから『お開きです』って言うとか、『めくら』じゃ失礼だから『目の不自由な人』とかそういうのだ」
「…それが言霊だと」
「ああ。実際『平和憲法』とやらがあれば戦争は起こらないと信じてる人が多いだろ?完全に言霊の力を信じきってる」
「…その話は何となく分かるが、それとDQNネームがどうつながるんだ?」
「極論すれば、同じ名前の人間は同じ人生を送ることになる」
「はぁ?」
「少なくとも言霊教の信者…これは無意識も含めてな…はそう考えるわけだ。だから「太郎」みたいな無個性…とまでは言わないが、無難な名前って案外少ないんだ」
「いや、…しかしありえんだろ」
「もちろん全く科学的じゃない。しかしDQNネームを付ける親は決まって「個性的な人生を歩んでほしい」とか「人に名前を覚えてもらいやすい」とか「外国でも通用する」とか言うだろ?」
「個性的ねえ…」
「そう、だからこそ『他に誰も同じ名前がいない』くらいにひねろうとしてえらいことになる。何しろ同じ名前が一人でもいたら、おんなじ人生になりかねない。可能な限り「人とかぶらない」名前でないといけない。…結果は分かるな?」
「…そういうことか…」
「無意識にそう考えてしまうのはある程度仕方が無いと思うなあ。実際にとんでもない名前を付けてしまうかどうかはともかく」
「明らかに日常生活に支障を来すレベルのもいるぞ」
「元々、人名と言うのは文字には制限があるが「読み」に制限が無い」
「はぁ?」
「だから『太郎』という表記で『はなこ』と呼ばせても違法ではない」
「んな無茶な!何も一致してないぞ!」
「といっても、元々表意文字と表音文字が猛烈に混在してる「漢字」で名前を付ける国で、「読み仮名」も同時に設定するとなると、「正規の読みかたかどうか」を役所の窓口で判定するのは現実的に不可能だ」
「つっても『太郎』で『はなこ』はムチャだろうが!」
「確かにそうなんだが、なら「どこまでのムチャなら止められるか」の基準は誰が決めるんだ?」
「常識で分かるだろ常識で!」
『五郎八』
「これは何と読むと思う?」
「ごろはち?」
「ちなみに女の子の名前だ」
「ヒドいな。キラキラネームだ」
「正解は「いろは」と読む。独眼竜こと伊達正宗の娘だ」
「…戦国時代か」
「字面はアレだが「いろは姫」と発音すればかなり可愛い。女の子の名前として問題はない」
「そりゃそうだが…」
「これの善悪を『常識』で判断できると思うか?まあ、この名前は男の子…世継ぎだな…がどうしても欲しかったのに娘が生まれてしまったのでせめて名前だけでもと正宗が押し切ったとは言われてるが」
「つまり、DQNネームは仕方が無いというのが結論か?」
「それでもお前が言う様に『常識』があれば付けない名前は多いわな」
「そりゃそうだ」
「だから『出世名』を認めればいいんだよ」
「出世魚みたいなもんか」
「そう。伊達正宗の幼名は梵天丸だ。子供の頃は子供みたいな名前でいいじゃないか。大人になったら自分の判断でそれなりの名前にすればいい」
「…しかし、混乱するだろ」
「そんなにコロコロ変えさせなければいいだろ。木下藤吉郎 → 羽柴秀吉 → 豊臣秀吉みたいに2回も3回も変えるのは時代に合わん。1回だけ認めればいい。最も、「豊臣」は形式的に貴族の養子になった形を取ったんで変わったんだが」
「む~ん…大胆すぎてなんとも」
「映画『七人の侍』で三船敏郎が演じているサムライが、身分にハクを付けようと盗み出した家系図の巻物の最後に「菊千代」と子供の名前が書かれてたのを知らなかったんで、小ばかにして「菊千代」と呼ばれ続ける…という笑いどころがある」
「へー」
「これは「菊千代」という可愛らしい名前が、「子供の頃だけ通用する幼名」だという常識が無いと何がおかしいのか分からん。確かにひげを蓄えたキリッとした武将みたいなのが「菊千代」みたいな可愛い名前じゃ笑っちまうわな」
「…確かに、赤ちゃんとじいさんばあさんで同じ名前でないといけない現代の方が不合理なのかもしれんな」
「それから、呪術的な意味合いもある」
「へ?」
「古代においては『名前を知られる』というのは致命的なことだった」
「そうなのか?」
「名前があれば相手を『呪う』ことが出来ると信じられていたからな」
「馬鹿な。非科学的だ」
「まあな。しかし、それじゃ不便なんで「本名でない、生活用の名前」を使ってた」
「そうなのか」
「三国志で殆ど全てのキャラに「字」と「諱」が設定されてるだろ?古代の人間は本名は隠して普段は決して名乗らなかったんだ」
「そうなんだ」
「だから現代のゲームファンが「諸葛亮孔明」とか「司馬懿仲達」とか、折角隠してた諱まで全部呼んでるのは…呼ばれる方は墓の下で「かんべんしてくれ」と苦笑してるかもな」
「で?それがDQNネームとどう関係する」
「だから、本名はなるべく分かりにくい方が呪われにくいんだよ」
「あ…」
「あと、これも呪術的要因だが、世界でまだまだ乳児死亡率が高い地域だと「悪魔にとって子供が魅力的に見えない様に」幼少期には敢えて変な名前を付けるというところもある」
「いや、日本はそうじゃないだろ」
「まあな。呪いの話でいうと、日本の文学者の女性って古代は名前が分からないことが多い」
「へ?」
「有名なのは「更級日記」の菅原孝標女と「蜻蛉日記」の藤原道綱母だろうな」
「ヒドいな…娘だの母だのって…完全に男の従属物じゃないか」
「それは一面的な見方だ」
「そうなのか?」
「要するに男が名前の前面に出ることで呪いから守ったんだよ」
「…はあ」
「この場合、危険なのは男だからな」
「でも、紫式部とか清少納言とかは名前を出してるじゃねえか」
「…あれは役職名であって本名じゃない。無茶を承知で言えば「営業部長」とか「総務課長」みたいな感じだ」
「そ、そうなのか!?」
「大体「清・少納言」だぞ?ちょっと考えたら分かるだろうが」
「…そんな…って、でも、名前が分かってる女性もいるよな?」
「そりゃ皆無じゃない。今出た紫式部や清少納言が仕えてた藤原彰子とか藤原定子とかな」
「ほらみろ」
「でも、彼女たちの名前をどう発音していいのかは記録が残ってない」
「え?…「あきこ」とか「さだこ」…とかじゃないのか?」
「全く分からん。仕方ないので歴史家は音読みして「しょうし」「ていし」と呼んでる」
「はあ…」
「まあ、こんなところだ。世の中で奇抜な名前に「どうしてこんなことになるんでしょう?」なんて騒いでるのがサッパリ分からん。この言霊の国で、安易に個性を出そうと思えば『絶対に一見して人に読めない』『同じ名前の人間がこの世に一人もいない』名前に走るくらいは必然的に分かるだろうに」
「そりゃお前だけだ」
「このブームもその内落ち着くと思うんだがなあ」
「でも、ぶっちゃけ男女不詳の名前とかに憧れが無いでもない」
「ちなみに男で「〇〇美」みたいな名前あるよな」
「ああ、あるある。普通にゴツいおっちゃんだったりして笑っちゃうけどな」
「元々あれは男性名だったんだ」
「え?…普通に女の子の名前だろ」
「宝塚の男役スターが芸名として敢えて男性名の「〇〇美」と名乗ったんで、それにあやかって女の子に「〇〇美」と付ける…当時で言えばDQNネームみたいなのが流行して、遂には定着してしまい、それどころか「〇〇美」みたいな男が変わった目で見られるなんてことになった」
「そうだったのか」
「マイク、マイケル、ミッチェル、ミシェール、ミケランジェロ…この名前の共通点は分かるか?」
「…外人?」
「子供か。『大天使ミカエル』にあやかった名前だよ」
「あ、そうか」
「ルネッサンス時代に登場したと言われてるらしいんだが、当時は「人間に天使の名前を付けるなんて」と完全にDQNネーム扱いだったらしい。今もいるだろ。アンジェリーナ(天使ちゃん)とか」
「…外人にもいるんだなそういうの」
「常識に照らして命名を抑制するのは間違ってる。何十年も経てば新しい常識になる可能性がある」
「…今のDQNネームが定着するって?」
「フリッツ、オットー、マリーみたいな当て字で外国かぶれの名前を子供に付けていた森鴎外の流行は定着しなかった様だ。どっちにしても落ち着くところに落ち着くだろ。当の子供には気の毒だが、現在の余りにヒドいDQNネームの跋扈は、案外改名制度の改革に道を開いたりしてな」
「その時はこのコラムになんかの賞をもらいたいね」
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